日本の文化 本当は何がすごいのか【第9回:日本の家屋(続)】

日本の家屋②床の間

床の間に飾られた茶花


日本人はなぜ玄関で靴を脱ぐのか


 さて、家の中に入りましょう。まず、玄関です。この玄関という言葉は仏教からきています。玄関の「玄」は薄暗いということで、その薄暗いところを通って修行の場に入っていくというわけです。

 玄関に入ると一段高くなって敷居があります。そこで履物を脱いで上がります。この履物を脱ぐという行動は、私たち日本人はほとんど無意識にやっていることなのですが、非常に珍しいことなのです。世界で履物を脱いで家に入る例はほとんどありません。日本の家屋は畳敷きですから、泥がついた靴で入ったら汚れてとんでもないことになる、といった物理的なこともあるでしょう。しかし、それだけではありません。

 日本人にとって家の中は、整えられた清らかな場、聖なる場なのです。そこには神棚や仏壇が置かれています。家に入るというのは、清らかな場、聖なる場に入っていくことなのです。だから、汚れている履物は脱いで入るわけです。

奥の間と床の間の意味


 中に入っていくと、奥の間があります。日本の家屋には必ずといっていいほど、そこに住む家族が、格式が一つ上と意識する部屋があります。これは家屋の広さ狭さとは関係ありません。狭い家でも、家族が他とはちょっと違う感じをもっている部屋が必ずといっていいほどにあります。それが奥の間です。奥の間は改まった客を招き入れたり、一家の主が寝起きしたりするのに使われます。

 この奥の間には一段高くなった場所があります。床の間です。この床の間という形式は、家屋の歴史を調べれば古い昔からあったものなのかもしれませんが、室町時代に確立し、日本の家屋には必須のものになりました。

 床の間には掛け軸がかけられます。それは墨を主体にした絵であったり書であったりという具合で、色彩の艶やかなものはありません。季節によって取り替えられたりもします。そして、花が活けられます。生花です。それは様式的なフォルムにアレンジされて花器に活けられ、掛け軸の前に置かれます。

欧米のインテリアと日本の掛け軸の違い


 欧米の家屋でも部屋の壁に絵画をかけ、花を花瓶に盛ってテーブルや飾り棚の上に置きます。しかし、それを床の間のたたずまいと比べると、違いは歴然です。欧米の部屋にかけられる絵画は部屋を飾るものであって、インテリアの一つです。花瓶に盛られた花もあくまでも花であって、部屋を飾るものです。そして絵画も花も家族が暮らす日常的な部屋の中にあって、それとは別の空間を構成することはありません。

 床の間は奥の間の一部でありながら、明らかにそれとは異なった非日常的な空間です。墨一色を主体にした掛け軸は芸術性と精神性を漂わせます。フォルムを整えられアレンジされて花器に活けられた花は、花であって花ではなく、精神性を表現する芸術作品になっています。そして、この組み合わせで構成された空間は静謐さを湛えます。

 つまり、床の間は極めて非日常的な空間なのです。日常的な空間である奥の間と非日常的な空間である床の間を並べて置く。そして、そこで生活を営む。これほど日本人の豊かな文化性を表出するものはありません。床の間を宗教的な空間ととらえる説がありますが、床の間に人間を超越する雰囲気はありません。それよりも静謐な空間に漂うのは強い精神性です。日常的な空間とともに非日常的な空間を置き、その精神性を感受しながら生活する。日本人の文化の特性が如実に示されています。

 しかし、合理性の観点に立てば、床の間は無駄な空間です。そのためでしょう、最近は床の間をもたない家屋が増えています。これは非常に残念なことです。住空間の中に日常的な空間と非日常的な空間を併せもつ。この心の豊かさをぜひ見直してほしいと思います。

(出典/田中英道著『日本の文化 本当は何がすごいのか』育鵬社)

【田中英道(たなか・ひでみち)】
東北大学名誉教授。日本国史学会代表。
著書に『日本の歴史 本当は何がすごいのか』『世界史の中の日本 本当は何がすごいのか』『日本史5つの法則』(いずれも育鵬社)ほか多数。

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