WWEがターナー・グループとWCWを提訴――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第228回(1996年編)

スコット・ホール・ストーリー
 “元ディーゼル”ケビン・ナッシュと“元レーザー・ラモン”スコット・ホールのWCWデビューをテレビの画面で目撃したビンス・マクマホンとWWEのリアクシ…

“あの男たち”がWCWマンデー・ナイトロ乱入――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第227回(1996年編)

レッスル・アメリカ
 リングネームのない“バッド・ガイ”レーザー・ラモン、つまりスコット・ホールがWCWの月曜夜のTVショー“マンデー・ナイトロ”にその姿を現したのはWW…

“視聴率”対“PPV契約世帯数”のメカニズム――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第207回(1996年編)

インサイド・レスリング
 WWEは興行収益(ハウスショーの入場料とPPV有料放映受信契約料)を経営の基盤とするプロレス団体で、WCWはプロレス団体の形をした“テレビ番組”だっ…

ビンスの不安と“複数スター制”の混とん――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第206回(1996年編)

WWEオフィシャル・マガジン表紙
 WWEは混とんの時代を迎えようとしてしていた。ライバル団体のWCW(ワールド・チャンピオンシップ・レスリング)が1995年9月から全米生中継をスター…

混乱と迷走の“イン・ユア・ハウス5”――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第201回(1995年)

イン・ユア・ハウス5
 WWEの“マンデーナイト・ロウMonday Night Raw”とWCWの“マンデー・ナイトロMonday Nitro”が毎週、同時刻に別べつのチャ…

“1984体制”から10年後のWWE――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第147回

WWEオフィシャル・マガジン
 1994年はビンス・マクマホンとWWEによる“1984体制”の10年後である。『1984』とは、高度管理された情報化社会の恐怖を描いたジョージ・オー…

ホーガンの主演映画『ノー・ホールズ・バード』全米公開――フミ斎藤のプロレス講座別冊 WWEヒストリー第91回

ノー・ホールズ・バード
 ハルク・ホーガンにとって初めての主演映画『ノー・ホールズ・バード』(邦題『ゴールデンボンバー』)が全米で劇場公開されたのは1989年6月のことだった…

WWE対WCW“ナッシュビルの乱”――フミ斎藤のプロレス講座別冊 WWEヒストリー第90回

WWEスポットライト
 1989年はWWEとWCWの2大メジャーリーグによる“12年戦争”の序章だった。  ビンス・マクマホンは、WCWのPPV“シャイタウン・ランブル”(…

ビンスが消そうとした“ジョージア”後編――フミ斎藤のプロレス講座別冊 WWEヒストリー第34回

ビンスが消そうとした“ジョージア”後編
「フミ斎藤のプロレス講座別冊」月~金更新 WWEヒストリー第34回  ビンス・マクマホンはNWA加盟団体“ジョージア・チャンピオンシップ・レスリング”…