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旧統一教会・国際合同結婚式で結婚した4組の夫婦を直撃。見ず知らずの人と結婚するってどんな感じ?



まさか夫がアフリカ人になるとは考えなかった

~Eさん夫妻・1992年に結婚~

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旧統一教会・国際合同結婚式で結婚した4組の夫婦を直撃 見ず知らずの人と結婚するってどんな感じ?

Eさん夫妻・1992年に結婚

 最後に話を聞いたのは、西アフリカにあるベナンから来たE・Aさんと日本人のYさんだ。共に51歳の夫婦の間には4歳になる娘が一人いる。

 マッチングを受けるにあたって相手の希望を提出する際、アフリカ人の可・不可を書く欄があった。妻のYさんは最初、それを不可にして出したところ、相手が決まらなかった。

「それで教会長に言われたんです。これはアフリカ人かもしれないよ。それが神様の願いなのかもね、と」

 妻は当時のやりとりを思い出しながらそう話し始めた。

「まず自分が決心することが大切と考え、祈りました。ボランティア支援などで行くことはありましたが、自分の夫がアフリカ人になることは考えられなかったですね」

 当時の統一教会では、アフリカ人を「可」とするには、親にも許可をもらう必要があった。許可というのは、OKか、黙認か、のどちらかだ。

 親には信仰を明かしていたと言う。二人が国際合同結婚式に参加した92年は、ちょうど歌手の桜田淳子さんらが参加した時で、同時に霊感商法も問題視され、統一教会は社会的にも大きな注目を集めていた。

「親には隠し事をしないので、信仰については明かしていました。大変なところに行ったと大騒ぎでしたが、今に飽きるだろう、しようがないと言っていました。でも、実家は米軍基地のある岩国という土地柄、外国人には拒絶感がありました」

 それでも、と意思を伝え、アフリカ人を可として再度申込みをすると、すぐに決まった。

 一方で、夫は自然に受け入れた。夢を見て、相手がアジア人だということ、それはきっと中国だろうと感じていたのだと言う。

 夫はまた、祖父が以前、自分の子孫が遠いところに行くことになると予言していたこと、親に彼女の写真を見せたところ、とても喜び、はやく来てほしいと言われたことを記憶している。

 そうして二人は結婚し、日本に来た夫は地図を見て声を上げた。

「何で中国地方って言うんだ!」

 妻は、中国地方・広島県の出身だった。夢で見た「中国」はこれのことなのかと驚いたと夫は振り返る。

――会話は?

「英語と仏語のちゃんぽんと、二人だけで分かる言葉ですね。仏語では他の人には通じないのに、なぜか夫にだけは通じました」

――言葉はハードルになりませんか?

「ケンカになると、言葉のことが出てきます。でも、細かいことが通じないので分からない、と言うと、そうじゃないあなたの性格だ、というやりとりになります。習慣の違いが大きいですよ」

――習慣の違い?

「全てが違ってました。たとえば、色の概念です。日本では青は男性、赤は女性、のような違いがありますが、ある時、彼が赤の箸で食べている。それ私のよ、と言うと、なんでだーって言うとかね」

「色で男女の差をつけることは、あまりないんです」

「どこか外でもらってきたネズミを夫からプレゼントされたこともあります。罠にかかっていたものだと思いますが。あと、ゴキブリを平気で手で捕まえるとかもありました。紙につつんで、お雛様みたいに顔だけ出したゴキブリを渡されそうになったこともあります」

――仲良くなる工夫は?

「愛がないと越えられないですね」

「話し合います。夜中までお互いに納得するまで。窓を閉めて。激しかったですから。それでお互いに出しきって、この人の性格だから仕方がない、こんな考え方もあるのかと受け入れます。自分とは真逆のことも多いですけどね」

「自分の世界だけなら変われないです。発展性がない」

「そうやって、見習うことができるようになりました」

――そういえば、お子さんが小さいですね

「ずっと二人でした。子供が出来なくて」

――教義的にも、プレッシャーがあったのでは?

「できないものは仕方ないと思っていました。でも、実際に子供ができてみると、白黒だった世界がカラーになった、みたいなことが言われますが、それがよく分かります」

「アフリカではすごくプレッシャーあった。いっぱい子供できてほしいという文化だから。子供ができないと、奥さんは自分で他の奥さんを紹介するような所なので。でも、私の父は妻が一人で、それはとても珍しいことだった。だから余計に母から子供がほしいほしいと言われてました」

――子供に対する希望は?

「日本とベナン、両方の記憶を持てた方がいいね。もう少し先にベナンに行って生活してほしい。自然たくさんあるし。パパイヤやマンゴーを自分で取って食べられるし。畑やってみたりね」

――子供はどこの国の人と結婚してほしいとかは?

夫妻「特にないですねえ」

――今後は?

「お金を貯めて、ベナンに帰るのが夢です。貧しい人たちに水をあげたり、電気のないところに光を届けたい」

「現地に行って生活環境が厳しく、体調を崩して帰国した経験があるので、私はずっとイヤだったんですが、夫の戻りたいという気持ちが変わらないので、最近は自分がもしベナンに行ったとして何ができるのかを考えるようになりました。ちょっと変わってきましたね。娘が小学校に入るまでに、という話をしているので」

 ベナンは西アフリカの周辺国と違い、内戦がなく平和で危なくないのだと言う。

「現地で生活できないことはないです。両親は農業で子供たちを育てました。先祖から受け継いだ土地をどうするかとかの問題もあります。ずっと海外にいるとその世話もできません」

――ありがとうございました。

【まとめ】

 どうやら同じ信仰を持っていても、それだけで1つ屋根の下、暮らし続けるのは容易ではなさそうだ。しかし、結婚のきっかけは一般とは大きく違ってはいるものの、共に暮らし始めてから起きる問題と、それをどう乗り越えるかについては、彼らと同じ信仰を持たない家庭ともそれほど大きな違いがあるようには感じられなかったが、文面での印象はどうだろうか。

 話を聞いていて注目した点としては、どの家庭でも「愛」という言葉が出てきたこと、そしてことのほか会話を重視している様子がよく伝わってきた。

 またそれぞれの夫婦に、「こんな結婚で幸せになれるわけがない」という声に何と答えるかを聞いたが、自分たちの姿を見ていいなと思ってもらえれば良い、といったことを口にしていた。そして自分たちは幸せである、と。

 取材した家族だけで判断や評価はできないが、見ず知らずの二人が教団によるマッチングによって出会い、家族になった人たちの中に、互いを理解し、愛のある家庭を築こうと努力を続ける姿があるということは言えそうだ。

<取材・文/鶴野充茂>

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