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“性倒錯キャラ”ゴールダストの主張――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第196回(1995年)

 プロレスラーとしてのデビューは1988年8月。フロリダのローカル・ショーで“ビッグ・バッド”ボブ・クックという中年の黒人レスラーと試合をした。フロリダでの“仮免許”期間を終えると父ローデスのブッキングで同年10月、ダスティン・ローデスのリングネームでNWAクロケット・プロと契約。1989年3月にはダスティ・ローデス・ジュニアのリングネームで全日本プロレスの『チャンピオン・カーニバル』に参加したこともあった。  ダスティン・ローデスがNWAクロケット・プロ―WCWに在籍したのは1988年から1990年までの約2年間で、父ローデスがWCWを退団するとダスティンも同団体を退団。父ローデスがライバル団体WWEに活動の場を求めるとダスティンもいったんはWWEと契約したが、その後、ダスティンだけがWCWに復帰。1991年から1995年3月まで同団体に在籍した。  いわゆる“親子の断絶”があったのだろう。ダスティンは、ある時期から父親とまったく会話を交わさなくなったという。WWEとの契約はダスティンとビンス・マクマホンの直接のネゴシエーションによって実現した。“性倒錯キャラクター”ゴールダストへの変身とそのディテールづくりもダスティンの主張だった。
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WWEはゴールダストの売り出しにかなりの予算をかけた
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