「base よしもと」大阪時代、ユウキロックは戦略的なお笑いの先駆けだった
徳井:今でこそ芸人っていろいろと戦略を考えているけど、僕らが
若手だった大阪時代、考えて笑いをとりにいく人って松口さんぐらいしかおらんかった。一緒にやっていた「
base よしもと」の舞台は当時、2丁拳銃やブラックマヨネーズ、フットボールアワーもいて盛り上がっていましたよね。そのなかで、松口さんは自分だけ目立てばいいじゃなく、みんなを活かそうとしてくれた。
ユウキ:そうやなあ。当時そこでやっていた企画のなかで、俺らはチームハリガネ(ハリガネロック、チュートリアル、ロザン)だった。他のチームには、FUJIWARAや次長課長なんかがいて。
徳井:他は関係性が出来上がっていて、すでに完成されているチームだったんですよね。僕らは良くも悪くも若手中心のチーム。どうなるのかわからないなか、松口さんが戦略を考えてくれはったんですよね。
ユウキ:この日は徳井にこう動いてもらって、この日は福田をたてようとかやってたな。
徳井:チームハリガネには、他にはない“
チームワーク”があったと思います。
ユウキ:俺は人気者のチュートリアルが自分のチームにとれたと思って、最初からイケると思っていたよ。案の定そのおかげで、チームハリガネは1位がバンバン穫れた(笑)。
徳井:今でもしょっちゅう思い出すんです。僕って悩んでもあんまり先輩に相談しないんですけど、松口さんにはいろいろ教わりました。たとえば、先ほどのbase よしもとの企画でロケをするときも、どうボケたらいいのかわからなくて。ようわからんボケを言っても案の定まったく使われへん。
ユウキ:なにを求められているのか、最初はわからんしな。
徳井:それで松口さんに相談すると、「ボケはカットされたら意味がない。ロケでは使える尺が短いから、ボケは短くて面白いことじゃなきゃあかん。しかもロケの内容に即してやらんと。突き詰めると『
たとえツッコミ』がロケに適している」と教えてくれて。そういうのがあって、僕にとって
松口さんはお兄ちゃんみたいな人なんですよ。
ユウキ:それがあっての現在の徳井。ギャラの10パーちょうだい!
徳井:もらいすぎでしょ!
※『ユウキロック×チュート徳井の元芸人と芸人対談』前編はココまで。次回、後編に続く!
<取材・文/藤井敦年 撮影/林紘輝>
明治大学商学部卒業後、金融機関を経て、渋谷系ファッション雑誌『men’s egg』編集部員に。その後はフリーランスとして様々な雑誌や書籍・ムック・Webメディアで経験を積み、現在は紙・Webを問わない“二刀流”の編集記者。若者カルチャーから社会問題、芸能人などのエンタメ系まで幅広く取材する。X(旧Twitter):
@FujiiAtsutoshi