エンタメ

小説『孤独のグルメ』望郷編――第2回「運河の終焉でボルガライスに気が遠くなる」

久住昌之氏の原作と、谷口ジロー氏の静謐な作画の組み合わせで描かれるひとりめしの楽しみが共感を集め、現在累計80万部を突破した人気漫画『孤独のグルメ』。現在放送中のテレビドラマ『孤独のグルメ Season7』も好調だ。日刊SPA!では『孤独のグルメ 望郷篇』と題して、小説篇の連載を開始した(隔週金曜日更新予定)。執筆は、『孤独のグルメ』の初代担当編集者である壹岐真也氏。漫画やドラマとはまた一味違う五郎の哀愁を味わってみてほしい。

写真/滝本淳助

【孤独のグルメ 望郷篇 第2回 「運河の終焉でボルガライスに気が遠くなる」 壹岐真也】


東京は水の都というらしい。
大川、隅田川を根城に江戸時代以前の流通などにも遡って、この武蔵の国の歴史を殊更に持て囃す本も沢山出てる。
オレは、こどものころから歴史や古い黴臭い本が好きだった。
若い頃新聞社の写真部にいて、時々川柳の会に出ていたジイサンの部屋に忍び込み、埃をかぶった書棚から俳句や落語、詩経やらの本を一冊ずつ抜き出して寝床で読みふけったりした。
古い物好きだったり、こどもの時分を思い出したりしがちのボンヤリの性分が、今の輸入雑貨商なんて生業につながっているのかな、と、妙に腑に落ちたりすることもある。
ただ、もともとは西の郊外生まれで、この数年、いつも車で移動する自分には、隅田川はほとんど縁がない。
いや、この仕事をはじめるまでも、銀座より東は、遠い町だった。
好んで出向きたくはない土地だった。
特に大川の向こうは匂いが違って苦手だった。
R国のお得意さんを出て、総武線の高架線脇を通って駅にもどる。
車はY橋のビル駐車場に置いてあった。
駅前の通りを回向院の方へあるく。
ちゃんぽんとか豚骨ラーメン屋、四川料理屋が賑々しく並ぶ大通りを南にくだる。回向院に突き当たり右におれる。
おおきな鉄骨のR国橋をわたる。
吹き来る川風が頬をなぜる。
橋の下をゆるやかに流れる川を見降ろし、右後ろの東京スカイツリーをふりむく。オレは、今日みたいな曇り空の午後の、この電波塔が割と好きだった。
薄く白んだ、高く曇った空によく映える。(オレ、東京タワーよりも好きかも知れない)。
霞んだ中空に物言いの手をあげているようなスカイツリー。
オレは、霧雨模様の曇り空で見るスカイツリーが好ましい。
控え目な色合いにホッとする。
19世紀の西欧を気取った東京タワーなどより、ずっと品があるとおもっている。でも昇ったことはない。いつか機会があったら、と言いつつもう数年経ってしまった。
オレは、東京ディズニーランドにも行ったことがない。U安といえば、ガキのころの麦わら帽子を目深にかぶった潮干狩りの白黒写真が残っているだけだ。
(そういえば、開演間もない北九州スペースワールドには仕事絡みで出かけたな。肝心のスペースシャトルだけが恥ずかしいハリボテの見世物扱いで晒されていて、あとは気のいきとどかない殺伐とした園内だった。行く末、推して知るべし、だった)。

東東京独特の、鄙びた水と泥濘と鋼の匂い。
桟から湾の方向を覗きこむ。
水のたゆたい。
遠くで首都高速の高架線が交差している。
ふと、おとなしく、冷酷に過ぎていく時間のことを考える。柄にもなく。
東京湾にゆったりと流れていく河面を眺めているうちに、ある感慨が沸いてくる。

Time is an Ocean But It ends at The Shore
You May Not see me tomorrow
時は海だが岸辺までだ
明日は会えぬかもしれぬ
 ※1

今日は足が重い。歳だから。
そろそろ、この体も鍛え直さなくてはいけないのかもしれない。
でもオレはアスリートはきらいだ。
人は殊更に焦って鍛えなくても、生まれたままで、みんな美しい体をもっているはずだと思う。

何ひとつ書く事はない
私の肉体は陽にさらされている
 ※2

だけど、物事はそういい調子でははこんでくれない。時間は、誰にも平等に残酷だもの。

〈Mよ。三十一歳の時、目白の漫画喫茶で発作おこしてそれから十何年間、いまじゃ信州諏訪の保護施設で訳わからずボンヤリしてるMよ。もう時間はオマエを追い越して過ぎてるよ〉

次のページ 
橋を渡ればR国広小路

1
2
3
●SPA!創刊30周年イベント「孤独のグルメナイト」開催
5月18日(金) 19時~
出演予定/久住昌之、オカヤイヅミ、スクリーントーンズNANO[久住昌之(Vo,G) フクムラサトシ(Sax) Shake(Pia)]
当日1300円
⇒イベントページ

孤独のグルメ2

男が一人で淡々とメシを食う姿を描いた人気ハードボイルド・グルメマンガ

●第2巻の第1話を無料公開中

孤独のグルメ 巡礼ガイド3

「孤独のグルメ」ファン必携のガイド本の第3弾が登場! テレビ版Season5~6に登場した名店を紹介。ファンであれば、どこから読んでも楽しめるバイブルです。


ハッシュタグ




おすすめ記事