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小説『孤独のグルメ』――第3回「木漏れ日の下でそっと春菊の胡麻和えに舌鼓」

久住昌之氏の原作と、谷口ジロー氏の静謐な作画の組み合わせで描かれるひとりめしの楽しみが共感を集め、現在累計80万部を突破した人気漫画『孤独のグルメ』。現在放送中のテレビドラマ『孤独のグルメ Season7』も好調だ。日刊SPA!では4月20日より『孤独のグルメ 望郷篇』と題して、小説篇の連載を開始(隔週金曜日更新予定)。執筆は、『孤独のグルメ』の初代担当編集者である壹岐真也氏。漫画やドラマとはまた一味違う五郎の哀愁を味わってみてほしい。

【孤独のグルメ 望郷篇  第3回「木漏れ日の下でそっと春菊の胡麻和えに舌鼓」 壹岐真也】


写真/滝本淳助

また、東東京の河畔にきている。
午後三時にN形町の病院ロビーで葦原八朔(あしはらはっさく)君と待ち合わせた。
オレは一時間ばかり早く着いたので、新しくなったS天宮からK洲橋へあるいた。川沿いのウッドデッキに降りてロングピースを一服した。
相変わらず、隅田川は深緑のゼリーみたいな色で堂々と波打ち、一艘のちょき舟がたゆたっていた。
昭和の早くに架けられた青色の鐡の橋梁を見上げる。
この景色、見たことがあった。
ずっと前のカノジョと建替前のS天宮でお参りして、並びのRホテルで卵料理を食べたのだった。
「なんだか、ゆるい味ね」とカノジョが言った。
「いいさ。レストランの優れたところは、人の食べ方を見て学べることだって、なんかの映画でいってたよ」

カノジョは濃緑のゴルフカブリオレを自分で運転して帰っていった。
それ以上のことはなんにもおぼえていない。
美しかったはずのカノジョの顔も、着ていた服もおもいだせない。
「So it goes」ってこんなこと、か。
オレは煙草をポケット灰皿で消して立ち上がった。
さて、行く、か。

K殻町とかH町をあるいていると、昔ながらの豆腐屋、八百屋、魚屋が二、三間の店構えで営業している。それがまた結構繁盛しているみたいだ。
白身魚の半身の切り身と豆腐を買い物籠にいれて、元気いいオバサンが破顔一笑で高い声をあげる。割烹着姿の店のオバチャンも、テンポよくチャチャをいれてる。

病院はそこからすぐのところにあった。
一階ロビーに入っていくとハッサク君はもう来ていた。時間には偏執的に正確な人。そうした特性からか、いつ会ってもスマホばかり気にしていて、せわしなく慌ただしい気がする。
今日は数少ない朋友である滝山俊平の見舞いにきた。
一週間ほど前の夜、寝ていて急に胸が苦しくなり、一人暮らしの彼は自分でS駄ヶ谷のアパートから救急車を呼んだのだという。報せをくれたハッサク君とは、滝山の紹介で知り合った。
「なんか、空間プロデューサーとかイベントやったりしてる奴なんだけど……井之頭に相談があるんだってさ」と滝山はいった。
「ふむ」
「こんど六本木だか日比谷だかで新しいタイ・レストランをやるそうなんだけど、その内装で力を借りたいんだってさ」
「うん」
「ま、話だけでも聞いてやってさ」
「あァ」

ハッサク君は、だいぶ年下のリッチで充実した生活をしている明るい人だった。
名刺交換のあと、狛犬みたいな顔で自分の履歴を熱心に話しはじめた。
90年代末、大学時代にテレビの制作アルバイトを始め、その後、放送作家、タレントのマネジャーなどをやり、会社を立ち上げた。
コマーシャルの演出などをしているうちに、店舗のプロデュース、企業コンサルタントにも手を広げ、今ではそっちのほうが主軸になってしまった、と笑った。
ハッサク君は、これだけの会話の間にもせわしなく何度もスマホの受信メッセージをたしかめた。
「スゴイですね」と言うと
「いやぁ。こう見えて板子一枚下は地獄、ですヨ」
こうした受け答えに慣れきっている、という様子でこたえた。
ま、いいや、とオレはおもった。

これは見ものだ
人間ばかりかフープ蛇やガーター蛇まで出てきて
しまいには本物の火の輪くぐりをするんですからね
ミスター・Kはこのようにして世界に挑むのです!
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こういう人は嫌いじゃなかった

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●SPA!創刊30周年イベント「孤独のグルメナイト」開催
5月18日(金) 19時~
出演予定/久住昌之、オカヤイヅミ、スクリーントーンズNANO[久住昌之(Vo,G) フクムラサトシ(Sax) Shake(Pia)]
当日1300円
⇒イベントページ

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