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“行方不明説”も流れた旧統一教会の日本人花嫁たちがソウル郊外にいた

 食事が終わり、ひと段落したところでインタビューの時間をもらうことができた。10畳ほどの部屋に10名の日本人女性信者たちが集まった。 「皆さんのように韓国に嫁いだ信者さんは、日本では“行方不明”だと思っている方も多いのです」  そう伝えると、みんな一様に目を丸くして顔を見合わせた。しばしの沈黙の後、部屋がはちきれんばかりの笑い声が起こった。  これが“韓国に嫁ぎ、重労働させられている行方不明者の姿”なのかと思うと、やや拍子抜けしてしまう。無論、家庭軟禁状態で労働を強いられている女性がいたとしたら、こうした場に出てくることさえ困難であろうが、少なくともこの場にいる女性に限っては底抜けに明るい。彼女たちは何かを取り繕う様子もなく、次々に苦労話を始めたのだった。 「私の嫁いだ家は貧乏だったから、洗濯機を使うことを許されなくて川で洗濯をした」 「姑が厳しくて、認めてもらうのに10年かかった」  韓国に渡った年は人それぞれ違えど、早くても1980年代後半のこと。30年近く前のこととはいえ、当時の日本では川で洗濯をする人はほとんどいなかったであろう。また、そばに親しい人もいない異国に嫁ぎ、姑との折り合いも良くなかったと聞けば、ネットに書かれている“不憫な行方不明者”にまつわる情報は、あながち間違ってはいないだろう。  しかし、彼女たちは喜色満面にそれを語り、時に腹を抱えて笑い出す。エピソードの重さとリアクションのミスマッチさに、戸惑ってしまう。  いくら信仰心があるとはいえ、それほどの苦労を笑い飛ばしてしまえるものなのだろうか。彼女たちの本心はどうなのだろうか。みんなの前で無理をしてはいないか。  気になることは山ほどある。彼女たちが韓国に渡ってから現在に至るまで、詳しい経緯が知りたい。婦人会のリーダーを務める日本人女性にインタビューを打診してみると、彼女はいいですよ、と答えた。こうして後日、彼女の自宅で話を伺うことになったのだ。<取材・文・撮影/日刊SPA!取材班>
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