雑学

韓国に渡った旧統一教会・日本人花嫁のその後――反日感情のなかで生き抜いた30年

 旧統一教会(現・家庭連合)の合同結婚式が取り沙汰された’90年代。あれから30年近くの月日が経った。あのとき結婚した夫婦は今、どんな生活をしているのだろうか。

 韓国人の男性と式をあげ、海を渡った日本人の花嫁たちの消息はあまり知られていない。「行方不明になった」「農村の男と結婚を強いられ強制労働させられている」などと書かれていることも多いが、その真相とはいかなるものか……。

 当時の合同結婚式で結ばれた韓日夫婦が集まるという韓国・洪川(ホンチョン)の教会にて出会った日本人の婦人会。今回は、そのリーダーでもある角谷祐子さん夫婦の自宅に足を運んだ。

家庭連合

韓国語の知識ゼロで渡航、そこで見た政治混乱、反日感情


 彼女が旧統一教会に出会ったのは、1982年。大学の新入生歓迎会で「原理研究会(カープ)」のメンバーに声をかけられ、神様や聖書の話を聞き、そのまま入信することになった。

 角谷さんは親族に旧統一教会の信者こそいなかったものの、母親の影響で「実践倫理」を学び始め、物心ついたときから自主的に毎朝の会合にも出ていた。実践倫理は宗教ではないが、学んだ教えの中にあった「親孝行」や、「先祖を大切にする姿勢」が旧統一教会の教義に重なる部分が多く、受け入れやすかったという。

家庭連合 その後、原理研究会(カープ)の学舎に入り、共同生活をしながら学業と共に伝道活動に精を出してきた。学生時代に旧統一教会にも入会、大学を卒業した1986年7月に韓国に飛ぶこととなる。その目的は、学生運動が激しかった韓国の左傾化を食いとめるというもの。教祖・文鮮明の呼びかけにより、カープを卒業した日本人総勢200名程度が韓国に渡って、教会が用意した下宿での共同生活を始めた。

 韓国語を一から習得して生活をするだけでも相当の苦労があったことは想像に難(かた)くない。さらに、角谷さんが現地に渡った当時の政治情勢によるものも大きかった。

「当時の韓国は色々な学生運動もありましたし、政治的にとても混乱していたんですよ。街の中でも私服警官がカバンをランダムに検査することもしょっちゅうでしたし、1か月に1度、ソウルの街中でサイレンが鳴り、戦争を想定した訓練もありました」

今よりずっと反日感情が激しかった


 混乱する情勢に加え、一時代前の韓国では反日感情も根深かった。“日本人であること”もネガティブに作用した。しかも、同じ教会内であっても、反日感情を向けられることもあったという。

「反日感情が今よりもずっと激しい時代で、店に行っても日本人だとわかるとモノを売ってもらえなかったり、一般の下宿に移動したときは『日本人は嫌いだ。出ていけ』と言われたりしたこともありました。そういった感情は教会の中にも少なからずあって、面と向かって『日本人をよく思っていない』と言われたこともありましたね。人の感情ですから仕方のないことなんですけれど、激しかったですね」

 角谷さんは自身の壮絶な体験を、どこか他人事のように語った。もう30年近くも前のことだ。すっかり乗り越えてしまったというのが的確な表現かもしれない。

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教祖の決めた見知らぬ人と1週間で結婚

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