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小説『孤独のグルメ』望郷編――第6回「カルピスウォーターの夏から」

久住昌之氏の原作と、谷口ジロー氏の静謐な作画の組み合わせで描かれるひとりめしの楽しみが共感を集め、現在累計80万部を突破した人気漫画『孤独のグルメ』。現在放送中のテレビドラマ『孤独のグルメ Season7』も好調だ。日刊SPA!では『孤独のグルメ 望郷篇』と題して、小説篇の連載を開始(隔週金曜日更新予定)。執筆は、『孤独のグルメ』の初代担当編集者である壹岐真也氏。漫画やドラマとはまた一味違う五郎の哀愁を味わってみてほしい。

【孤独のグルメ 望郷篇 第6回「カルピスウォーターの夏から」 壹岐真也】


写真/滝本淳助

夏至の日。一年でいちばん昼がながい日。
新橋の町をあるいていて咽喉が渇いた。
大門裏通りの手近なコンビニで冷たいドリンクを買い求める。
ハーフサイズで108円。
店外で煙草を一服。
ペットボトルのキャップをあける。半分以上を一気に咽喉から胃へ流し込む。
ごくごくごくっ。
ふ~。生き返る瞬間だ。
と、オレは握っているボトルの銘柄を見て我に返る。
ア、まただ。
カルピスウォーター!
オレは、またカルピスウォーターを手にとっている。
子どもの頃は、氷を二、三個コップにいれて水道水で希釈していた。
日本初の乳酸菌飲料。初恋の味……。

Ho! Ho! Ho Ho Ho! カルピス飲んで考えよ 海の向こうに何がある
Ho! Ho! Ho! 何がある Ho! Ho! Ho! 海の向こう

誰も本気にしないけど 行ってみなけりゃわからない!
Oh Ho! Ho! Ho! そりゃそうだ
Ho! Ho!Ho! 考えよう
カルピス飲んで考えよ みんなで考えよ
Ho! Ho! Ho! Happy Family, Happy Calpis!
※1


オズモンド・ブラザース!
白人版ジャクソン・ファイブ!
ちびっ子のジミー。ちょっと兄ちゃんのダニー。
……あの子たちの私生活はどうなっていたのかな。暴露本でもでてるのかな。

カルピス。美味しかった。大好きだった。他のどんな飲み物にも似ていない。その意味ではコカコーラと双璧でなかったか(子どものころ、コーラは骨が溶けるといわれていて、母に禁止されていた)。
当時は甘さに餓えていたのかもしれない。
天の川に倣ったという水玉模様のパッケージや、ストローをくわえた黒人キャラもお洒落だった。
昭和モダーンな感じ。

あれは、蝉の声か? 今年初めてだ。ニイニイゼミかな。
もうすぐ夏だ。
この、夏に近づきつつある東京の独特の空気。よくおぼえてる。
あれは代々木のオリンピック・プール。
50メートルのプールのコースの端を借りた強化練習で、小学五年のオレは毎日毎日ブレストを泳がされた。
そこで泳ぐ水は、学校のものより重く、少し塩素が強く感じられたけど、回りの大学生のコーチや大人たちは、そんなことには関心なく怒声をあげていた。
オレは、なんのために泳いでいるのか判らなかった。
区、でなく、都大会に出るためだ、と言われた。
でも、オレ程度ではたとえ出場しても、まともな成績などのこせないことは判っていた。
世の中には、始めから出来のちがうヤツがいる。この場所でも、それを思い知らされていた。
一緒に通っていた友達が、一人、二人、と練習にこなくなった。
顔も名前も知らないアイツらに、オレは同感していた。オレもプールから消えたかった。
きつくバカバカしい練習を終えて、体育館の外の自動販売機でカルピスソーダを一気飲みした。
その液体の甘さ。オレのほてった胴体をおちていく冷たさ。


Caroline says
As she gets up off the floor
Why is it that you beat me ?
It isn’t any fun

キャロラインが云う
床から身を起こしながら
どうして私のことをそんなにぶつの? 
ひどいわ
 ※2 

高校一年の夏休み。同級生たちと、バスと電車を乗り継いでT島園プールへ出かけたことがあった。男二人女二人。ダブルデート、というものだった。
思いだすと、恥かしくて笑ってしまう。
オレのカノジョは、無地の黒ビキニでそっとプールサイドに現れた。
およそ贅肉というもののない細身の色白な体に、その水着はとてもよく似合っていた。
カノジョの周りだけ、夏の蒸し暑さがすっと消滅していて、涼しげな感じがした。オレはカノジョの姿を直視することができなかったように思う。
流れるプールではしゃいだり、波のプールで水際に横になっていろいろな話をした。
好きな映画。買ったばかりのCD。将来のことなども話したはずだ。
カノジョはピアノ教師になる、といった。
オレは……なんだったかな、思いだせない。当時も今も、オレは昔と現在のことしか考えられない。
夕方になって、四人で私鉄駅前の喫茶店に入った。
カノジョはカルピスを注文したのだった。
その辺りになると、もはや記憶は曖昧だ。
一緒に行った男とは、最近二十年ぶりに再会した。翻訳会社を経営する洒落た中年男になっていた。あの時カレが連れてきていた女の子のことは、話にも出なかった。
黒のビキニのカノジョが今、何をしているのかも、オレには全然わからない。

どこでこわれたの oh フレンズ
うつむく日はみつめあって
指をつないだら oh フレンズ
時がとまる気がした
 ※3

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大学生のときは…

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