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「僕らが作品内で殺すのは善人ヅラした合理主義者」漫画家・新井英樹×俳人・北大路翼の無頼派対談

「結論ありきの会話がつまらないって教えてくれたのが翼さんだった」(新井氏)

自分を笑えるようになると楽しい

新井:だから翼さん、自分を端から見た時に笑えたらそこそこの人生だっていうのは本当の話だよ。前に川柳と俳句の違いは? って質問した時に、かなり大雑把に説明するけど、他人を笑うのが川柳で、自分を笑うのが俳句だって聞いてなるほど!と。 北大路:余力なんだよね、やっぱり内向きで笑いがないと。ブレーキといっしょで、ギチギチだと止まれなくなるんだよ。 新井:で、自分を笑えるようになると、今のSNS上で起こるようなくだらない諍いも、全部、笑いで済ませられるでしょ。 北大路:みんな笑いがなさすぎるよね。っていうか、SNSにはまり込みすぎじゃない? って。何より匿名がいちばんつまんないと思うんだ。僕はやっぱり、何をするにも自分で傷ついたほうが楽しいよ。文句を言って、言い返されるのは嫌なことじゃないしね。 新井:福岡の有名ブロガーの殺人事件、SNS上で「低脳先生」って言われて俺がどんな気持ちになってたかって。あんたSNSなんかで会話してた気になってたんだ? って思うよね。会っていきなり刺したらしいんだけど、その前に面と向かって罵倒し合えばいいのに。だって、俺の書く漫画はよそ行きの顔をしているって娘に言われるんだけど、俳句もある種そういうものでしょ。言葉選びにさえ、どんなふうに思われたいかって恣意的なものが入ってくるんだから、文章にした時点で本心なんてどこにもないんだよ。 北大路:そうしないと芸にならないじゃん。我々がやってることはやっぱり芸だからね。それをそのまんま全部出すなんて、そんな奴は裸で外を歩いてればいいんだよ。 新井:基本は全部、意味がないからね。何を喋っても高尚なことも下劣なこともないんだから、くだらないことを話してればいい。意味がないことに真剣になるって、こんな素敵なことはないよ。これをすれば何かが得られるとか、原因があって結果があるっていうのは合理的すぎてつまらない。 北大路:贅沢って無駄なことをやることなんだよね。でも、意味のないことにムキになりすぎちゃった人には、そこに意味ができちゃう。 新井:だから、恥じらいとか照れっていうものが出てくるでしょ。俺、うわーなんか意味あることをやってる!って言われたら、やってないよ!って言い返したくなるもん(笑)。 北大路:でも、大抵の人は意味を欲しがるんだね。それこそSNSで自分は正義だって言いたいってさ、そうじゃないともう、意味のなさに耐えられないんだと思う。 新井:アウトローだって、レッテルを貼られた時点で恥ずかしいでしょ。 北大路:恥ずかしいよ(笑)。 新井:それを気取ってやってるわけじゃなくて、生理的に嫌だとか好きってことをやってるだけだから。言葉を持っていれば、理屈はあとでいくらでも組み立てられるもんね。だから、みんな言葉を信じすぎだよなって。特にSNSが流行りだしてから、その傾向は顕著になってきているような気がしてる。最初から嘘だって思ってればギスギスしなくて済むのに。 北大路:でもね、人の言葉には嘘だと思えるんだと思う。あいつらは自分の言葉に酔っちゃうからもっとやばい。 新井:そう!それなのよ。だから俺、自己陶酔してる奴を見つけると、あー!おまえ今、自分に酔ってるんだろって指差したくなる。 北大路:それはあるよね。言葉はそんなに万能なものじゃないってわかっているのに、てめえで吐いた瞬間になぜか陶酔してしまうって恐ろしいことだよ。 新井:ただ、何もしないと人生暇で退屈になるから、そのうえで言葉ってむちゃくちゃ楽しいツールでしょ。例えば、ドフトエフスキーは作者本人の言いたいことをそれぞれの登場人物に任せることで壊れずに済んだんだけど、ニーチェは病気になった。物語にして登場人物に責任を負わせていれば病気にならずに済むのに、論として完璧にしようとしちゃうから苦しむんだろうなあって。 北大路:俳句でいうと5・7・5の定型っていうのがまさにそういうことで、あれが言い訳として一個のエクスキューズになってる。全部ちゃんとやろうとすると人間って壊れちゃうんだよ。必ず自分のなかで破綻するんだから、ある程度制限をつけるっていうのは自分を助けるために大事なことなんだと思うね。
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男も女も心が“揺れてる”ときに色気が出る
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