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小説『孤独のグルメ』望郷編――第8回「酷暑の渋谷、日傘の影だまりと冷や汁に救われた」

久住昌之氏の原作と、谷口ジロー氏の静謐な作画の組み合わせで描かれるひとりめしの楽しみが共感を集め、現在累計80万部を突破した人気漫画『孤独のグルメ』。日刊SPA!では『孤独のグルメ 望郷篇』と題して、小説篇を連載中(隔週金曜日更新予定)。執筆は、『孤独のグルメ』の初代担当編集者である壹岐真也氏。漫画やドラマとはまた一味違う五郎の哀愁を味わってみてほしい。

【孤独のグルメ 望郷篇 第8回「酷暑の渋谷、日傘の影だまりと冷や汁に救われた」 壹岐真也】


写真/滝本淳助

渋谷の町を逃げるように道玄坂を渡り神泉の駅へ。
酷暑極まれり。
オレはどこをあるいているのだろう。何をしているのだっけ。
このこまっしゃくれた坂道、どうにかならないのか。
容赦ない炎天の熱、足許から這い上がってくる意地悪な地熱でモウロウとしていた。
東京で観測史上初の40.8℃だって。
でも、それって測るポイントが芝生の中の涼しそうな百葉箱なんだよな。
こんなコンクリートとアスファルトに天地四方を囲まれた都心じゃもっともっと気温はあがっているにきまってる。45℃、とか? 東南アジア、どころか、ここはアフリカか?
「命にかかわる危険な暑さです。熱中症に厳重注意してください」
命にかかわる……ご冗談でショ。
髪の毛、ワイシャツの背中、胸、腋の下が汗でビッショリだ。
上からも下からもモアモアしてくる。
やっぱり事務所を出なければよかった。アポを延期すればよかった。
こんな日は、冷房を効かせた部屋で、砕いた氷を一杯に詰めたカルピス・ウォーターを片手に、カラっと乾いた戦争映画に淫していたい。
「荒鷲の要塞」
「空軍大戦略」
「眼下の敵」
 あの頃の三本立て映画館は、入ると冷房音がジジーッと唸っていた。
汗ばんだ首筋や手足が一気にヒンヤリしたもんだ。
そういえば、こないだ、映画雑誌で「70年代日本映画ベスト10」て面白そうな特集をやってたな。1位は「太陽を盗んだ男」ってジュリーと菅原文太が出ていた奴。オレなら何を選ぶかな。「祭りの準備」? やっぱり浅丘ルリ子が美しくて哀しい「寅次郎相合い傘」か。「十三人連続暴行魔」なんて変てこなのもあったな。西荻名画座でみたんだっけ。あれにはビビった。たしかに異物だった。
また名画座でオールナイト見たいな。
最近のシネコンてのは、どうも苦手だ。狭いエスカレーターで高い階に上がっていくと、これ、地震や火事になったらほんとに逃げられるんだろうか、と不安になる。それからコーラやホットドッグの値段が高すぎる。高い入場料を払って見に来ている客からさらに毟り取ろうという性根がいやらしい(二人で来てちょっと飲みモノを買ったらもう5000円だ)。日本人をバカにしている。あれだけは、品性を保って、食べちゃいけないものだと確信する。
でも、昔みたいな三番館、今じゃ腰が痛くてもたないかな。

えっと……。ジブンは何をしようとしているのだっけ。どこへいこうとしてたんだっけ。
そうだ。この後は、夕方前から向島の音楽スタジオでロビーに置く応接セットについて打合せだ。
ムリムリ。絶対ムリ。
ようやく円山町から駅前の路地にはいってきたが、充電体力はすでに尽きようとしている。
何かを食べなければ。腹に入れておかなければ、夕方まで体がもたない。
路地にはちいさな店構えのちゃんぽん屋やいわくありげな鰻屋、一貫75円の寿司屋(しかも回転じゃない)などが並んでいるが、駄目だ、食べられそうにない。
こんな危機的状況で腹にいれられるのは、蕎麦屋に駆けこんでの冷麦。そうめん。いや、それじゃ足りん。やっぱりミニ天丼かミニ親子丼をつけて。……ちがうだろ。今のオレは「命にかかわる危険な暑さ」にさらされていて……。
ふらつきながら路上をあるくと、一軒の雑貨屋の店先に目がとまった。

男も日傘を持つ時代です!
UV99.9%以上カット!の男性用日傘はこの折りたたみ日傘だけ。
ひんやり涼しい、メンズ日傘【晴雨兼用】


そうかぁ。男でも日傘をさすのアリなのか。
オレは籠に積まれた中から適当に青いのを選んで代金を払った。4800円。高いか安いかわからないけれど、それでいい。
早速広げてみた。

これはなんといえばいいのだろう。
通りすがる通行人の目線にやや照れてしまうが、たしかに日差しは遮られ、作られた影はすっと自分を涼やかにしてくれる。
日傘の下にはたしかに異なる空間、影だまりがあった。
この薄青いパラソルのおかげで、体の芯に力がよみがえってきた。

そんな物見があったかどうか過去に
あたらしいぞわたしは
 ※1

オレは振り向き、今来た路地を道玄坂へもどりはじめる。
信号をこえ、百軒店をあがる。
渋谷は、坂と川の町なのだ。
少しクールダウンした脳と目玉に、映る景色が記憶を呼び覚ます。
昔からある熱々のもやし麺。茹で玉子入りのピラミッド形カレー。地下がおちつくロック喫茶。
そうだ。オレにも渋谷に出入りしてたときがあったんだ。
右手奥にあったビル建設前の更地で、テント芝居をみたこともあった。まだ小学六年のころだった。帰りに、雲丹とイクラのスパゲッティーー今も好物だーーを初めて食べたのもこの辺り。当時1200円という値段に、驚愕したのをおぼえている。ジブンが食べるのは、家族が馴染みにしていた喫茶店のナポリタンやミートソースで400円ていどだったから。
「あれは、劇団で手伝いをしていた魔火子ちゃんが奢ってくれたんだった」
思い出して、ふとオレは不可解な思いに捉われた。
待てよ。彼女は女優志願などで経済的な余裕はなかったはずだ。しかも、オレは当時三十過ぎていた叔父さんと同行していた。なんで二十歳かそこらの魔火子ちゃんが勘定を払ったのだろう。いや、そもそも、どうしてジブンはそんなことを記憶しているのだろう。オレは、スパゲッティ屋のレジカウンターで財布を開いている彼女の姿をありありとおもいだすことができた。
これも日傘の魔、というものなのか。
そういえば、とオレはさらに記憶の糸をたぐる。ぼやけた映像が徐々に再生されてくる。
芝居の演目は「女優修業」だったか。開演前、おそらくは劇団の主宰者であろう男や、主演していた男優、女優が平身低頭して叔父さんのところに挨拶にきていた。まだ三十代だった筈の叔父さんは、鷹揚に応え、何か冗談をいって主宰者の肩を叩いたりした。
叔父さんはあのころ、商売がうまくいっているようで羽振りがよかった。
叔父さんはあすこの劇団の後援、パトロン的なことをしていたのか。切符を大量に購入する、とか。
そういえば。とオレは記憶の画像を編纂していく。
だとすると、魔火子ちゃんが勘定をはらったのは、主宰者から因果をふくめられての接待、だったのか。
あの夜、雲丹とイクラのスパゲティで夕食を済ませたあと、叔父さんは小学生のオレの掌に1万円札を握らせた。
「ゴローちゃん、これでタクシーで帰りなさい。帰れるね?」
「……うん。ダイジョブだよ」
小学生のオレは、心許なさを忘れようと運動靴の踵だけでトットットッとあるく。
百軒店の坂をおりて、ふと振りかえると、叔父さんと魔火子ちゃんが並んで向こうの暗がりへ歩いていくところだった。何気なく二人の背中を眺めていると、叔父さんが魔火子ちゃんの腰に手をまわした。オレは道玄坂から緑色のタクシーを拾って武蔵野の自宅の住所を告げたのだった。
魔火子ちゃんの名は、やがて耳にしなくなった。

日傘の魔、間が、オレを記憶という川で溺れさせようとする。

夢想でも幻影でもない。だがわたしの発見したいくつかの場所は、他人にはごくあたりまえの場所かもしれない。 ※2

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円山町。裏町。

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