エンタメ

小説『孤独のグルメ』――最終回「二人分の駅弁をたいらげながら、これからも続く孤独を考える」

久住昌之氏の原作と、谷口ジロー氏の静謐な作画の組み合わせで描かれるひとりめしの楽しみが共感を集め、現在累計80万部を突破した人気漫画『孤独のグルメ』。日刊SPA!では『孤独のグルメ』の初代担当編集者である壹岐真也氏による小説『孤独のグルメ 望郷篇』と題して連載してきたが、今回はいよいよ最終回! 

【孤独のグルメ 望郷篇 最終回「二人分の駅弁をたいらげながら、これからも続く孤独について考える」 壹岐真也】


撮影/尾藤能暢

西新宿の名刺屋で註文した300枚の名刺をとりにいった。
それから思い出横丁で天ぷら蕎麦をたべて、一杯では足りなかったので、近くの中華屋で玉子とキクラゲの炒め物をたべようかと迷った。
待てよ。いま、駅上のデパートで駅弁大会をやっているんだな。
オレは、そういうことに鈍感でない。さっそくのぞいてみることにした。
「元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」。
会場はほとんどオバチャンでいっぱいだ。
あっちもこっちも駅弁。屋台で売り子のオバサンたちが声をあげて客をよんでいる。
行列ができているのは牛肉。常陸牛。佐賀牛。松阪牛。鹿児島黒毛和牛。
どれも醤油と砂糖で甘辛く煮て白米にのっけてある。
オレは……。普段から牛丼食べてるから要らないや。
釜揚げしらす弁当。たこ焼きごはん。海鮮ちらし。有田焼カレー。
いろいろあるなぁ。
オレは一回りしたあと、独り身なのに二種類をかった。

駅の改札の前で電話をかけた。
「滝山、いまからキミん家へ行っていいかい? 実は駅弁大会で二人前買っちゃったんだ。一緒に食べないか?」
「あぁゴメン。これから宝塔山へ蝋梅を撮りにいくんだよ」
とつぜんの入院から復帰して元気マンマンの滝山は、積極的にメシを一緒にたべたいな、と思う唯一の人物だ。小雪はもう側にいないし。 
そういえば前に東京駅でどんな駅弁を仕入れたらいいか、滝山に訊いたんだったな。
「よくぞ聞いてくれました! 駅の構内で売ってるのはダメ。あれはシロウト」と滝山は身をのりだして、
「駅ビルの地下におべんとう公園というのがあるから、そこの龍養軒シウマイ弁当700円‼ これしかない!」
と嬉しそうにおしえてくれたのだった。
あのときは、心に迷いが生じて、横のビニールテープをひっぱるとシウマイがシューっと温まるジェットボックスとかいうのを買って、車内で「くさいくさい」と白い目でみられたのだった。
あれはマイッタ。あのジェットもいつの間にかなくなっちゃったよな。
後日滝山の勧めてくれたシウマイ弁当を食べてみたけど、これはうまかった。小ぶりのシウマイもタケノコも、ちょっと冷えたお米も抜群だった。
あとは、おんなじおべんとう公園では天松さんの並幕の内にもよくお世話になった。二段かさねの折詰でめかじきの味噌焼きとか玉子焼き、蓮根や筍、麩の甘煮がおいしかったなぁ(オレ、蓮根て大好き。醤油と唐辛子で甘辛くするとタマラナイんだ)。濃いめの味つけで、昭和の東京の風趣がよかったなぁ。

仕方がない。やっぱり独りでいただく、か。
オレはおとなしく地下鉄で事務所にもどることにした。
元祖駅弁大会は、今年、54回目だという。
小さいころ、オカアチャンが峠の釜めしというのを買って帰ってきたことがあった。幼いオレは、冷えた飯が合わずに食べきれなかった。
スチールデスクに腰をかけ、どちらからいこう、とかんがえる。
まずこれだ。
「牡蠣あなご寿し」。ひろしま駅弁の印がある。
白木の曲げわっぱのフタを開くと、まず二個の大きめの煮牡蠣が目にはいる。その上方に細く小さめに切った焦げ目のついた短冊形のあなご。手元に広島菜。右に星形で薄切りの人参一枚。錦糸卵。うん? 米のうえには海苔が敷いてあるのか。
割り箸を割って、とりもなおさず牡蠣を半分噛む。口中にぱぁっと忘れていたアノ味、香りがひろがっていく。瀬戸内のおだやかな海のにおい。
それにしてもなんてフレッシュな牡蠣の肉!
どうして駅弁で、しかも遠くはなれた東京で売るのに、こんな新鮮な、まるで磯場でさっきまでうごいていたような牡蠣をだせるんだろう。
「この辺の牡蠣はもうぜんぶ養殖だからダメだよ」と昔たずねた広島五日市のオジサンがいっていたのをおもいだす。
でも、天然、養殖、関係ない。
オレはこんなおいしい牡蠣なら何でもユルす!
そういえば最近、牡蠣なんて洋食屋、定食屋のフライでしか食べていなかったものな。タルタルやウスターソースをべちょべちょつけて。ま、あれはあれで旨いから好きなんだけど。
でも、とオレはひとつの定義におもいあたる。
この広島産は、「仁義なき戦い」の文太兄イや松方弘樹、小林旭ではない。

「広島極道は芋かもしれんがの、旅の風下に立ったことは一遍もないんでっ」
※1

――とドス、凄みをきかせるているのではないな。

どちらかというと、小津安二郎「東京物語」の笠智衆と東山千栄子のしずかな遣り取りだ。

「欲を言や切りァにゃァが まァええほうじゃよ」
「ええほうですとも。よっぽどええほうでさ。わたしらァ幸せでさあ」
「そうじゃのう…… まァ幸せなほうじゃのう」
 ※2

浮かびあがるのは、米と煮牡蠣、あなごと、脇役のオカズとのこんな対話だ。
飯にのった海苔、それから鶏のそぼろが米のうまさを引き立たせる。タマラナイ。あれ、これ、酢飯じゃないのかな。いや、酢飯かな。炙ったあなごの焦げた香りと、砂糖と醤油の出汁の味がいがいと強くて、米の味がわかんなくなってる。
量も、わっぱ飯だけど、きっちり充分に詰まっている。

見かけよりも胃の腑におさまると実在感、重みをかんじた。
でも、きょうはせっかくだから、もう一杯いってしまおう。
「鯨カツ・トルコライス弁当」。長崎の鯨専門店発だ。
長崎が鯨の名産地とは知らなかった。
オレの弁当はヒロシマとナガサキ、か。
やっぱり西欧の反捕鯨の人たちは、長崎の海にもおしかけて抗議のシュプレヒコールとかするのかな。するんだろうな。正義は容赦ないものね。話し合いでうまくいかないものかな。

日本脱退に危機感か
【ロンドン共同】国際捕鯨委員会(IWC、本部・英南部ケンブリッジ)は18日、ビビッチ議長(スロベニア)が加盟国に脱退を検討しないように促し残留を訴える、17日付の加盟国宛て書簡を公表した。日本政府が脱退を通告したことに危機感を抱いていることが背景にあるとみられる。
 ※3

包み紙には、巨大な鯨の背に乗り銛を突き立てている刃刺しの漁師の画。オトウサンと叔父さんが鯨のベーコンで一杯やってたことがあったな。小皿の醤油に芥子を溶かして。
そういえば子どものころ、「妖鯨篇」と副題のついた芝居を叔父さんと、叔父さんと懇意だった魔火子と見物にいったこともあった。
上野不忍池の水上音楽堂、だったか。

♪私はあなたに話せるかぎり
話しましょう
どうせわずかの物語
お耳を汚しはいたしません
 ※4

フタをひらいて「オッ」とおもわず低い声が漏れた。
そういえば。
「これ、ハンバーグですか?」
と売り場のオバチャンに訊いたら
「鯨です。ク・ジ・ラ!」
と割烹着のオバチャンが嬉しそうにこたえたっけ。
四角の木箱に鯨のハンバーグ。カツ。その脇に真っ赤なナポリタン。上枠に柴漬け。茹でたブロッコリーが一片。

ハンバーグを一口。
おっとっと。こりゃ鯨だ。ク・ジ・ラだっ!
忘れてたけど、そうだ、鯨ってこんな味だ。
このにおい。この味。
牛や豚、鶏とぜんぜん違う! 細かい挽肉になってしまった鯨のこころを想ってみる。
長崎、すごいナ。

でんでらりゅうばが
でてくるばってん
でんでられんけん
でーてこんけん
こんこられんけん
こられられんけん
こーんこん
 ※5

それからカツだ。ぎゅうっと噛む。シュワッとゆっくりと歯ごたえ、肉汁を味わう。
オレ、この冷めたカツって密かにすきなんだよなぁ。
それにしても、鯨のカツってこんななんだ。豚とも牛とも鶏ともちがう。大海原を自由にダイナミックに遊泳する最大の哺乳類が、切り刻まれ油で揚げられた挙句、こんな冷えたカツになって、中年の輸入雑貨商の口にはいっている。だからおいしいんだ。
おいしいけど、大雑把な旨さ。
「これがいいんだよ」
と滝山が耳元でささやいた気がした。
「ふつうに好き、かも」と
と小雪は微笑むのだろうな。
カツを除けてナポリタンをつまむ。ずいぶん沢山あるんだな。添え物だと誤解していたけど。一見スパゲティだけかとおもったが、口にいれると、玉葱、マッシュルームがまざっていて、とてもうれしい。
鯨肉ハンバーグ、鯨肉カツ、ナポリタンが互角の三位一体でトルコライスなんだ。
箸休めの柴漬けを口にすると、ポリポリと奥歯の間でおおきな音がした。
オレは二杯目の弁当をがつがつと平らげていった。
 
オレはこうしていつも食事を独りでたいらげる。
いつまで、こうして食事をしていくのだろう。

♪人の言葉が右の耳から左の耳へと通りすぎる
それ程 おいらの頭の中は
からっぽになっちまってる

今日は何故かおだやかで知らん顔してる自分がみえる
 ※6

※1「仁義なき戦い 代理戦争」(脚本・笠原和夫)
※2「東京物語」(脚本・野田高梧、小津安二郎)
※3 共同通信社配信記事(1月19日配信)
※4「腰巻おぼろ」(詞・唐十郎)
※5「でんでらりゅうば」(長崎民謡)
※6「たどり着いたらいつも雨ふり」(詞・吉田拓郎)

(望郷篇・完)

小説『孤独のグルメ』望郷篇は、5月に単行本化予定です。楽しみにお待ちください!


孤独のグルメ2

男が一人で淡々とメシを食う姿を描いた人気ハードボイルド・グルメマンガ

●第2巻の第1話を無料公開中

孤独のグルメ 巡礼ガイド3

「孤独のグルメ」ファン必携のガイド本の第3弾が登場! テレビ版Season5~6に登場した名店を紹介。ファンであれば、どこから読んでも楽しめるバイブルです。


ハッシュタグ




おすすめ記事