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ビギナーが憧れるスナックの常連客…ってどんな人たちなの?――酔いどれスナック珍怪記

田中の難色はヤバ客の判断基準

 わたしが店員になってからも、そういった雰囲気はしばらくの間崩れなかった。  グラスに氷を足そうとする度に微妙な視線を送られるので、「もしかして田中さんってあんまり氷要らない?」と訊くと「俺にとってのセロリと同じぐらい要らない」などとつっけんどんに言われ、なんだコイツ、だったら初めから言えよバーカとか思ったりしたこともあった。  そんな過去ももはや懐かしく、今ではお互いを罵り合ったり、性癖を貶し合ったり、『獣ゆく細道』なんてナウいデュエットを一緒に覚えてみたり、チンチロリンで互いの酒を奪い合ったりする仲にまで成長した。わたしも頑張ったもんだ。  三十年以上、昔も今もじっと店の様子を眺めている番頭のような田中の存在感は、新しく訪れるお客たちにも伝わっているようで、彼と親しく会話をしたり、一緒に歌ったりすることを喜ぶものはわりと多い。実際、週末など店が荒れがちになる日には、田中が鎮座していることによって雰囲気が締まることがあるのも実感している。  基本的に彼は、「俺は古株の常連だぞ」というアピールもしなければ、新規のお客を極端に冷たくあしらうこともしないし、よほどでなければ暴れている奴を諫めることもしない。話掛けられない限りは自分から話さず、ただじっと黙って飲んでいるだけだ。岩だからね。でもそれが逆に緊張感を生むのかもしれなくて、田中が難色を示した時はいよいよ客席側から見てヤバいぞという秤にもなっているのだろう。  目隠しをされたいとかハイヒールで踏まれたいとかいうしょうもない性癖を吐露されたり、実はペンギンが大好きとか知ってしまったわたしにとってはもはや田中の威厳もクソもあったものではないが、店にとって重要でありがたい御神岩、じゃなくて常連さんなのである。盛り上がるべき時に空気を読んで『止まらないHa~Ha』歌ってくれたりね。  店には、他にも三十ウン年級の面白い常連たちがゴロゴロいるが、それはまたおいおい書いていくとして、これからどこかのスナックの常連になりたいと思っている人は、ぜひ既にいる常連さんと積極的に交流してみてねということです。  知らないスナックに足を踏み入れるということは度胸がいる。勇気を出して入った店で威張り散らしていたり、新参者扱いしてくる排他的なバカは放っておいていいから、物静かに飲んでいる常連さんにこそ話しかけたり、「一緒に歌いませんか?」と誘ってみてほしい。きっと受け入れてくれるから。そこで、そういう人たちの飲み方を見習って、カッコイイ常連になってもらえると嬉しいです。わーお。今回一番マジメじゃない?<イラスト/粒アンコ>
(おおたにゆきな)福島県出身。第三回『幽』怪談実話コンテストにて優秀賞入選。実話怪談を中心にライターとして活動。お酒と夜の街を愛するスナック勤務。時々怖い話を語ったりもする。ツイッターアカウントは @yukina_otani
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