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<純烈物語>野心がなかったから仮面ライダーになれた。“純烈のお母さん”小田井涼平のバランス感覚<第21回>

売れていない頃「その年になってこんな仕事なくてどうすんの?」とよく言われた

「一時期、諸先輩方のグループとご一緒した時に、自分らが一番下っていうのもどんなもんなのかなという点で年齢を意識したことはありました。40になる頃だったと思うんですけど、それで自分が一番年下っていうのもムード歌謡の世界だからこそやないですか。それ以外では、売れていない頃に『その年になってこんな仕事なくてどうすんの?』と、よく言われた時ですね。ほかのメンバーが自分よりも年下だから言われるんやろうなと」  もともと人の上に立ち、周囲を引っ張っていくことを望むような性格ではなかった。バスケットボールとバレーボールを通じみんなで形とする喜びは知っているが、基本的には同じスポーツでも個人記録を伸ばす競技の方が向いているというのが自己分析。  理由は「すぐに結論を求めたがる」から。高校野球における甲子園のごとく、あまりに巨大な対象であるゆえに漠然としてしまうような目的へ、長期的スパンで足並みを揃えて向かうのは本来、性に合わないらしい。 「こっちで結論が出ないんだったら、すぐそっちへいっちゃうよという性格ですね。ただ、それは個人であればできるけどグループだとそうはいかんでしょ。みんなが頑張っていたら、自分も頑張らないといけない。純烈をやっていく中で、やめるのは個人の考えであってもそれによってチームワークが崩れてしまうわけです。  それがわかっているからやめられないというのは何度も思いました。自分の我だけを通していちゃダメなんだよという、非常に社会的なことを勉強させられた」  このあたりはプロレスのジャンル性に通じるものがある。基本的には個人競技としてチャンピオンベルトを目指したり、勝ちたい相手を倒したいと思ったりしてやっているが、一方では一つの団体として足並みを揃えなければ組織がバラバラになり、また明確な方向性を打ち出せない。  プロレスファンは団体そのものに思い入れを持った上で応援する。だからこそ、集合体としてのカラーを確立しなければ支持もされない。  フォア・ザ・チームの精神と個を高める作業を両立させなければならぬのだから難しいし、それができてこそプロと言える。音楽の場合はグループ内で直接闘うことなどないが、全体の中で自分をどう置いた上で高みを目指すかは、組織論において大きな命題となる。  個人競技が向いていると言いつつも、自身の半生を振り返るとむしろ野心や我というものとはほぼ無縁だったことに気づく。人前で何かを表現するなどまったく興味がなかったから、大学を卒業してごく普通にサラリーマンを経験したあと、家業を継ぐつもりだった。 『仮面ライダー龍騎』のオーディションも当時、所属していた事務所に東映から募集要項がFAXで届き「書類出しておく?」と言われるがまま応募。自発的に目指したわけではなかった。
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仮面ライダーに「自分が受かってしまったのは申し訳ない」
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