エンタメ

<純烈物語>野心がなかったから仮面ライダーになれた。“純烈のお母さん”小田井涼平のバランス感覚<第21回>

仮面ライダーに「自分が受かってしまったのは申し訳ない」

「実を言うと、仮面ライダーはむしろあまり好きじゃなかったんです。ライダーって、怪人とかのデザインもそうなんだけど子どもから見るとちょっと生々しい。それと比べると、ゴレンジャーのような戦隊ヒーローや、ウルトラマンの方が安心して見られました。だからあまり仮面ライダーは見ていなくて。ストロンガーを唯一見ていたぐらいで、それ以外は再放送のあと追いです。  当時はイケメン特撮俳優ブームの流行りもあって、次のステップのために出たがった人たちがたくさんいたんだと思います。これに受かれば、芸能界に入るチャンスみたいなね。そういう、どうしてもライダーをやりたい人がいくらでもいたのに、自分が受かってしまったのは申し訳ないというか」  もしも野心を持っていたり、あるいはライダーに特別な思い入れを抱いていたりしたら受かっていなかったと小田井は考える。ほかの人間がチャンスをつかみたくて目をギラつかせる中、一人だけ記念受験のようなつもりでいった。というのも、はじめから年齢制限に引っかかっていたのだ。 「でも、一応送っておけばいいじゃない。受からないとは思うけど、やってみれば?」  そのように言われると、小田井も「まぁ……面白そうだからとりあえず受けてみるか」となる。そんな肩の力の抜け具合がよかった。 「単純に出演者全員のキャラクターとバランスだったんだと思います。龍騎はその人にとっての正義が一人ひとり違うので、個性がバラバラでなければならなかった。それで、僕の役に僕のキャラクターがハマったと。それは、モデルをやっていたことが生きるんですけどね、たたずまいとかを含めて。13人の仮面ライダーの、どのピースが抜けても話は成立しない。2話しか出ない人もいたけど、ちゃんとライダーとしての爪痕を残していった。  そこは、ドラマとして面白かったんです。僕は昔のイメージのままだったから、てっきり改造されるとばかり思っていた。もう改造人間じゃなくて、普通の人間がなんらかの能力を得て変身するんだ。時代は変わったなーって。そんな立ち位置で見ていたから、すごく熱くなっている人を見るとその熱意だけじゃダメなんだよと思った。でもね、目をキラキラさせている人にそんなこと言えませんわ」  年齢制限を承知の上で申し込んだ結果、小田井の履歴に“仮面ライダー”の五文字が一生ついてくることになった。奇しくも純烈の候補として考えられていた美月凛音が、プロレスラーととともに描いた夢の形である。それを別のメンバーが達成している事実も、奇遇なのだ。 撮影/ヤナガワゴーッ!(すずきけん)――’66年、東京都葛飾区亀有出身。’88年9月~’09年9月までアルバイト時代から数え21年間、ベースボール・マガジン社に在籍し『週刊プロレス』編集次長及び同誌携帯サイト『週刊プロレスmobile』編集長を務める。退社後はフリー編集ライターとしてプロレスに限らず音楽、演劇、映画などで執筆。50団体以上のプロレス中継の実況・解説をする。酒井一圭とはマッスルのテレビ中継解説を務めたことから知り合い、マッスル休止後も出演舞台のレビューを執筆。今回のマッスル再開時にもコラムを寄稿している。Twitter@yaroutxtfacebook「Kensuzukitxt」 blog「KEN筆.txt」。著書『白と黒とハッピー~純烈物語』が発売

白と黒とハッピー~純烈物語

純烈が成功した戦略と理由がここに
「夢は紅白!親孝行!」を掲げ、長い下積み時代を送ってきた純烈がいかに芸能界にしがみつき、闘ってきたのかを、リーダー酒井のプロレス活動時代から親交のあるライター鈴木健.txtが綴ったノンフィクション


1
2
3
Cxenseレコメンドウィジェット
ハッシュタグ
おすすめ記事