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「コミュ力」って本当に必要ですか?/ひろゆき

猫も杓子も「コミュ力」と言うけど本当に必要ですかね?

コミュ力 少し前から、「コミュ力」という言葉を耳にする機会が増えました。就職活動とか社会に出ると必要な力だと言われたりもするので、コミュ力があったほうが生きやすいみたいなイメージを持つ人も少なくないと思います。なので、「子供にコミュ力をつけさせたい」と考える人もいると思うのですが、正直なところ「コミュ力」を鍛えてもしょうがないと思うのです。  というのも、世の中には微妙な感じの単語、例えば「窃盗」を「万引」、「売春」を「援助交際」や「パパ活」と別の言葉で言い換えることがあるように、昨今使われているコミュ力は、本来のコミュ力とは違った意味で言われていることが多かったりするからです。  本来、コミュ力という言葉は、コミュニケーション能力の略なので、「伝達する能力」ということです。そういう意味では、コンビニで働いている外国人は、母国語以外に日本語を喋りながら仕事をしているので、コミュニケーション能力は普通の大卒の日本人よりも高いわけです。逆に、日本人で外国語を使ってちゃんと仕事をこなせている人がどれくらいいるかと考えると多くない気もしますよね。  という話をすると「いや、そういう意味じゃないんだよ。コミュ力というのは……」みたいなことを言ってくる人が出てくると思います。では、そういう人が言っている「コミュ力」が何なのかというと、それは上司が間違っているときでも指摘せずに黙って命令に従う、「上司の思い通りに振る舞う能力」なのではないかと思っていたりします。言い換えると、単に「我慢する力」が強い人のことであって、そこには伝達能力はまったく関係なかったりします。
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伝達能力ではなく我慢する力でしかない
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