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子供に「コミュ力」を教えてもしょうがない/ひろゆき

僕がもし子供に学ばせるなら、「コミュ力」よりも……

僕が親ならこうするね 今、僕はフランスに住んでいて、アメリカへの留学経験もあるので、その2か国の教育事情を多少は知っていますが、「自分の意見を言わないで黙っているのが、よい生徒」という教育をするのは、日本や東南アジアだけの気がしています。  欧州は、ナチス・ドイツがやらかした影響もあって、たとえ少数派であっても間違っていると思ったことに「間違っている」と言い続けないといけないと歴史から学んだので、自分の意見を言わないことが正しいとは教えません。  逆にアジアは儒教の影響があるのか、「高齢者を敬う→高齢者は正しい→高齢者に従うべき」という流れがあります。すると、正しさよりも礼儀作法を重視することになってしまい、それが「年上や役職が上の人には、黙って従うのが正しい」となってしまうわけです。  本来であれば、コミュ力よりも仕事を理解して素早く終わらせる能力や、必要な部署に前もって根回しや段取りをつける能力のほうが大事だったりするのですが、いくら仕事ができても我慢する能力が低いと「コミュ力が足りない」とか言われてしまうのが今の世の中だったりするわけです。  だからといって、俗にいう「コミュ力」という能力を育てたとしても、そのおかげで給料が上がったりする可能性は低いです。もちろん、世の中に絶対につぶれない会社があったとして、そこに所属して言われた通りのことをするだけで給料をもらい続け、年功序列的に給料が上がっていくのであれば別ですが。  でも、世の中に“絶対”はありません。会社の業績が悪くなったりすると、我慢強く言うことを聞いてくれる人よりも、成果を出して会社に貢献してくれる人のほうが大事になってきます。そうやって考えていくと、世の中で言われている「コミュ力」を身につけるよりも、会社で成果を上げられるようにしたほうがいいということになります。  なので、「コミュ力」を鍛えるということをしたり、それを子供に教えてもしょうがないと僕は思っていたりするのですね。 「従う能力や我慢する力」ではなく、同一言語で意思疎通が円滑にできる能力を身につけたいと思う人もいるでしょうけど、そもそも「円滑」というのは難しいのです。
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伝達能力を高めたほうがいい
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