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「宿題をやる必要はあるのか?」議論に、ひろゆきの答えは…

「宿題は必要か否か?」その答えは、その子が目指すものによって違う

「宿題をやる必要はあるのか?」  そんな議論が、サッカーの本田圭佑選手のツイッターへの書き込みをきっかけに起きています。  本田選手は「他人の宿題を写すだけで無駄だった」ともコメントしていたのですが、それについて、同じくサッカー選手の武藤嘉紀選手が「本田選手がこう言ってるんだから、宿題はやらなくていいんだと考える子供が増えるのが良くない」とコメントしたのですね。  結果、賛否両論が飛び交ったわけですが、これってどちらも正解だし、どちらも間違っているというパターンではないかと思うのです。  日本の義務教育内容は基本的にすべての子供が同じ勉強をするので、それを経験した大人たちは一つの方法を選ぶ傾向にありますが、子供には、それぞれ才能の有無や個性があるので、その個性に合った教育方針があるもの。「宿題をやる必要があるのか?」も、例えば、トップを目指すのか、底辺でもなんとか食えるようにするかで違ってきます。  子供の得意な能力がなんなのか、どの程度長けているのかという問題もありますが、目指すところはどこなのかによって教育の仕方は違うのは当然のことですよね。  例えば、小学校で掛け算の宿題が出たとします。でも、中学校で習う二次方程式が解けてしまう小学生に掛け算の宿題をやらせるのは時間の無駄でしかありません。逆に、掛け算がわからない子が、家で宿題をやることで少しでも理解できるようになるのであれば、その宿題には意味があるわけです。 宿題 いまや世界中がインターネットで繋がっていて、海外との交流も簡単にできますし、海外企業と仕事もできます。これからの子供は、世界の優秀な人たちと戦わないといけないのですね。優秀なエンジニアであれば、日本人であってもグーグルやマイクロソフトなどの海外の企業に就職して、世界中から集まる優秀な人達と切磋琢磨したりもできたりもします。そんな状況で生きていくには、優秀な子は学習の遅い子に合わせずにどんどんその才能を磨いたほうが、世界を目指すのであればうまくいくんですよね。  海外には学校に飛び級のある国も多く、優秀な学生はどんどん前倒しで勉強して伸びていきます。世界のトップレベルを狙うのであれば、できない子に合わせた宿題は時間の無駄でしかないのですね。  加えて、特定の教科に特化しているほうが社会的評価も高くなったりするというのもあります。数学の才能がズバ抜けているなら、日本史は0点であってもほぼ全くといっていいほど人生では困りません。例えば、プログラマーに古文や漢文、家庭科の知識が必要になることはほぼありません。
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特定の教科だけ得意なほうが仕事に繋がりやすい
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