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「時代に合わせた変化」を遠ざけがちな、日本の教育/ひろゆき

「時代に合わせた変化」を遠ざけがちな、日本の教育

教育 新型コロナウイルスが流行して以降、さまざまな面で今までとは違う状況が出てきています。  僕の場合だと、テレビ出演する際、今までは「スタジオに来てください」と言われていたのに、リモートワークが浸透したことで、海外にいても普通にメディアに出演することができるようになり、海外にいることのデメリットがなくなりました。  他のところだと、今までは「親睦を深めるために対面で飲む」と考える人も、コロナ禍で「飲み会に誘うのも変だよね?」という空気感があるようで、飲み会の誘いが減ったなんてことを言っている人たちもいるようです。  こんな感じで問題が起きたり技術が進化することで世の中が目まぐるしく変わってきている昨今ですが、最近はその変化が昭和の時代に比べてかなり短い期間で起きていたりするように感じます。  世界を見ても、例えば先進国ではオンライン教育が当たり前になりつつありますが、教育機関はオンライン対応するための設備投資をし、教師もそのための訓練などをするようになっています。  教育は社会に出るための準備なので、当然、その時代に合わせた教育の方針が必要になってきます。昭和の時代だと、「漢字を覚えていて、手書きで文章を綺麗に書ける」というのは重要なことでした。でも、今の時代はキーボードを素早く打てれば良くて、漢字を手書きで書けなくても社会人として困ることはあまりありません。  漢字は書かれているものを読めれば良くて、手書きで書けなくてもパソコンが漢字の変換候補を表示してくれるし、使い分けの例などを表示しつつ正しい漢字の使い方も表示されるし、誤字も例えば、「的を得る」と入力すると「的を射る」の誤用であることを教えてくれるので困らないのですね。  つまり、令和の時代において漢字の書き順の知識や記憶を学習するのはほぼ無駄なわけです。でも、教師の教育方法は昭和から変わらないし変えたくないと考えているので、学校ではいまだに漢字の書き順を教えているそうです。  社会に出てから役に立たないことを、無駄に学習させられる子供たちは、かわいそうですよね……。
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“日本の”ゆとり教育は失敗だった
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