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「夏休みの宿題代行」お金で解決はNGだけど/ひろゆき

宿題

今年も話題になった「宿題代行」をどう考えるか?

 夏休みも終わりということで、前回は「夏休みの宿題」について書きました。今週も引き続きその話題でいきます。  前回も書いたように、子どもの習熟度を測れるでもない絵日記や読書感想文のような「夏休みの宿題」としてよくあるようなものは、あまり意味がないと思いますし、子どもにとっても「読書がつまらない」と思わせたり、嫌々机に向かわせる結果になるだけです。 「やりたくないことを我慢してタスクをこなすための忍耐力をつけるため」とかも言われているようですが、忍耐力をつけることが目的なら絵日記や読書感想文のような意味のない宿題でなくてもいいはずです。  日本人は、無意味な努力を尊ぶ傾向があります。たしかに、やりたいことを実現させるためには忍耐力をつける訓練をしたほうがいいです。  とはいえ、忍耐力をつけるためには、効果のある我慢と無意味な我慢があって、例えば、忍耐力をつけるため滝に打たれ続けても、忍耐力はつくかもしれないですが、それ以外のことは身になりません。  それなら、忍耐力がついてスキルを身につける方法にしたほうが、合理的です。単なる時間の無駄でやりたくないことだったら、やらないで済む方法を学んだほうがいいと思うんですよね。例えば、絵描きになりたいなら、絵日記を我慢して描き続けることはメリットがありますし、その一方で、既にわかっている漢字をひたすら書き続けるのは時間の無駄です。

自由研究も微妙

 自由研究とかも微妙です。学習というのは、できないことを、できるようにするためのものです。  自発的に意味のある自由研究ができる子は何も言わなくても、良いものを出してきます。しかし、自発的に自由研究のできない子はしょぼいデキで、それが次の年に良くなるとかも別になかったりします。となると、最初からできている子には意味ないですし、できてない子ができないままなら、その学習は失敗かと。なので、自由研究とか宿題として出すには意味ない感じです。
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お金で解決しようとするのは良くない
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