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瑛人が語る『香水』大ヒットの次 「またハンバーガー店で働くのもいいな」

19歳までギターも触ったことがなかった

瑛人――テレビ出演なども増えていきましたが、大きな環境の変化を、どう感じていましたか? 瑛人:正直、今もついていけてないです。1か月間、何もしない期間がほしいですね。そうすれば、考えられると思います。たぶん、冷静に物事を見られるようになるのは、3年後くらいじゃないかな。 ――昔からシンガー・ソングライターを目指していたんですか? 瑛人:全然(笑)。小学生のときの夢は大工で、中学生のときの夢は宝くじで3億円当てて一生遊んで暮らすこと、高校生のときは社長。で、高校卒業してからは「僕の夢って何だろう?」とずっと考えるようになっていました。19歳までギターも触ったことがなかったし、人前で歌うこともほとんどなかった。  でも、友達にはダンスや歌で自己表現しているヤツがいっぱいいて、それを間近で見ているうちに「自分もこういうことをしたい」と強く思ったんです。僕は良い意味でも悪い意味でも、いろんなことを溜め込んでしまう性格で、表現や発散することが下手だから、余計うらやましく思えたのかな。そこで、母ちゃんから学費を借りて、音楽専門学校に願書を出したんです。 ――表現にはさまざまな方法がありますが、なぜ音楽を? 瑛人:もともと人前に出て表現するタイプじゃなかったんですけど、母ちゃんが言うには、家では小さいときからよく歌って踊る子だったそうです。たしかに、家族に何かを伝えたいときは歌にすることが多くて。例えば、「ハッピーになれよ」という曲は小学校4年生のときに作った曲が原型なんです。  小学校2年生のときに僕の両親は離婚しているんですが、その2年後に父ちゃんに彼女ができたことに気がついた。でも、子ども心に母ちゃんにはそれを伝えづらくて、一緒に風呂に入っているときに「父ちゃんは今は別の人といるけど、母ちゃんもハッピーになれよ」というメッセージを込めて、歌にして聞かせたんです。

本番になると楽しめるタイプなんです

瑛人――お母さんの反応はどうでした? 瑛人:僕が歌ったときは、爆笑してたと思います。ただ、この間、十数年たってもう一度感想を聞いたら、「歌の趣旨は伝わらなかったけど、今はハッピーになったよ」と言われて。それが嬉しくて、小学校4年生のときの自分とコラボしようと、改めてこの曲を作り直しました。 ――今日も撮影中、瑛人さんはずっと歌っていましたもんね。 瑛人:え!? なんだか恥ずかしいな……。自分では全然気がつかないんだけど、テンションが上がっているときは自然と歌ったり踊ったりしているみたいなんです。別に誰かに聴いてほしいわけじゃなくて、歌っていること自体が好きというか。そう考えると、心のどこかではずっと「シンガー・ソングライターになれたらいいな」という夢は持っていたのかもしれませんね。 ――紅白への出場も決まりましたが、率直な感想は? 瑛人:出場が決まったときは、単純に「やった!」って思いました。自分が出場することより、たくさんのアーティストを生で近くで見られるかもしれないとの思いで、素直に嬉しかったです。 ――緊張しそうですか? 瑛人:僕、本番になると楽しめるタイプなんです(笑)。最初にテレビ初登場としてMUSICSTATIONに出させてもらったときも、2週間くらい前から毎晩「うわ、もうすぐ本番だ。イヤだな。出たくないな」とドキドキしてました。でも、いざ収録現場に行くと、タモリさんやほかのアーティストの人たちを見て、「あれ? なんでここに俺がいるんだろ」と、逆に面白くなっちゃった。素人が乗り込んでいるようなミーハーな感覚でいるからこそ、大丈夫なのかもしれません。
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ハンバーガー店で働き音楽を楽しむ日常もいい
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