恋愛・結婚

僕と僕の係長/でこ彦<第2話>「“おかま”と拒絶され続けた僕の唯一の救い」

 ちんこに興味を持つ僕は確かに「おかま」なのかもしれない。男が好きなのかもしれない。と悩み始めた6年生の春、女子の間で『ロマンス』というテレビドラマが話題になっていた。作中、男同士がキスをするのだという。  そんなはずはない、と思った。男同士の恋愛があっていいはずない。しかしあるらしい。僕の不安に何かしらの解決策が与えられるかもしれない。そう期待して家族に気付かれないようテレビの前に潜んでいると、ドラマが始まった瞬間にどういうわけか母親がすっ飛んできて「気持ち悪い。こんなものは見るな」とテレビを消した。  気持ち悪い。やはりあってはいけないものだった。男が男を好きなはずがない、藤浪先生を好きなわけがない。念仏のように繰り返し、その夜は泣きながら眠りについた。  藤浪先生は6年生の4月に新たに赴任してきた先生で、一学年下の担任をしていた。着任式の挨拶で「俺はポケモンとかしてるし、25歳で君たちと年齢も近いので何でも相談しにきてください」とみずみずしく言ったのが印象的だった。一人称に「俺」を使う人は他の先生や周りの男子にもいなかった。頭ひとつ抜けて背が高く、児童・教師の並ぶ体育館でひときわ目立った。  4月下旬のある日、児童公園でひとり遊んでいると、入り口に藤浪先生が立っていた。 「律(りつ)くん、この辺に住んでるの?」  数回喋っただけにもかかわらず、名前を認識してくれていた。公園の鉄棒がずいぶんと小さく見えた。 「手伝ってくれない?」と指をさした先には車が止まっていた。5月の連休明けに行われる家庭訪問の運転経路を下見しているところだという。喜んで助手席に乗り込み、「中電の社宅はこっちです」「あれが馬場くんの家です。うちの親同士が仲良いです」とはりきって案内した。  車の中では、先生の頬についた傷が幼少期に橋から落ちたときにできたものだとか誕生日の話をした。「こんなでかい図体で子供の日生まれって変でしょ」と言うので、おかしくはなかったが楽しかったので笑った。中学からバスケを始めて身長がぐぐぐっと伸びたらしい。 「俺、バスケ部の顧問やってるからさ、おいでよ。楽しいよ。糸原くんとかいるよ」  4年生以上の希望者で構成された小規模な部活動である。放課後の週2、3回の活動で、3学期には他校と試合もやるという。先生は屈託なくクラスメイトの男子がいることをセールスポイントとして挙げた。糸原くんが率先して僕を「おかま」呼ばわりしていることを先生は知らない。知られたくなかった。足元にはレシートやペットボトルのゴミに混ざってファミコンのゲームカセットが落ちていた。鮮やかなピンク色をしていた。  家庭訪問ルートの案内が終わるとそのまま先生の家にあげてもらった。一人暮らしをしている人の部屋というものが初体験だった。ホテルの一室のようで、先生の体では窮屈そうだった。床に直接置かれた炊飯器。牛乳パックだけが入った小型の冷蔵庫。お風呂と一緒になったトイレ。ドアを開けると、風呂のフタの上にファービーが置いてあった。 「なんでここにあるの」 「そいつ、明るいところにいるとすぐ歌うから」  ぬいぐるみをそいつと呼ぶのがおかしかった。出しっぱなしのコタツの天板にファービーを並べ、先生と僕は一緒にモンスターファームをやった。家庭用ゲーム機自体、触るのが初めてだった。 「CDからモンスターが生まれるんだよ」 「じゃあ今度持ってきます」  ゲームをプレイする約束をして別れた。まるで男友達のようだった。部屋を出たあとに感じた内ももをくすぐられるような興奮は、休み時間に階段の踊り場でこっそりお菓子を食べるときのそれだった。
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近所の雑貨店で先生の誕生日プレゼントを探した。
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