僕と僕の係長/でこ彦<第3話>「男にも女にもなれない僕は居場所を失ったコウモリだった」
バレンタインデー当日、熊谷くんは他の女子からもチョコレートをもらっていた。彼氏はそれを彼女に提出し、彼女は僕に渡した。放課後の教室で彼氏・彼女に見守られながら封を開けた。大きなハート型のチョコレートだった。誰からともなく「げ」という声が漏れた。真ん中から半分に割り、鵜飼さんと分けて食べた。熊谷くんは手をつけなかった。
「私と付き合ってるのに、まじありえん」
「しかもハート型ってすごいよね」
「俺、ホワイトデーどうすればいいの」
「私が選んでやろうかな」
笑い合うことで僕は彼氏と彼女の仲間だと思うことができた。
「3人で結婚できたらいいね」ハートのかけらを口に投げ入れ、僕は言った。
「は?」
熊谷くんと鵜飼さん、と僕。男と女、と僕。チョコレートを貰うこともなければ、渡すことも許されない。どちらにもなれないし、なりたくもない気がした。3人組を続けるというのは良いアイディアに思えた。
突飛な提案は本気だとは受け止められず、話題は誰の告白が成功したとか振られたという噂話に移って終わった。
2年生に進級すると、謎の動詞「しめられる」が能動態「しめる」として使われはじめた。また、熊谷くんは「自然と異性に興味を持つ」ようになり、鵜飼さんと下校する姿を目撃することが増えた。キスをしたらしい、というのは別の人から噂で聞いた。その後、交際10年目にふたりで結婚したことはFacebookを検索して見つけた。
僕のバンジージャンプの紐は案の定切れていた。自然治癒するはずがなかった。かといって直ちに墜落死するわけでもなかった。「ゲイは男ではない」といじめられることはなくなったが、僕は男として認められたいのだろうか。
男だから仕事終わりに係長とふたりきりで会っても誰かに「しめられる」おそれがない。風俗の話題を出してくれるのも男同士だからであろう。既存の「男の後輩」枠を活用すれば懐に入ることができる。しかし、係長の中で僕を「男の後輩」というカテゴリーに十把一絡げでしまわれたくない。
係長に気持ち悪がられるのが僕は嬉しい。異質なものとして扱ってほしい。手札にいつまでも残るトランプのジョーカーのように、係長の中の違和感として存在したい。
係長とどうかなりたいではなく、好きなのだ。大きなハート型のチョコレート1枚のように単純なのに、それを渡すことが一番難しい。

文/でこ彦 題字・絵/二口貴之

―[僕と僕の係長]―
'87年生まれ。会社員。Webメディア『telling,(テリング)』で「グラデセダイ」を連載中。好きな食べ物はいちじくと麻婆豆腐
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