恋愛・結婚

僕と僕の係長/でこ彦<第4話>「30歳で生まれて初めての片思いをしている」

 係長の誕生日にどういうメールを送ろうか2ヶ月間悩んだ。  こんなメッセージでは嫌われるだろうか。どういう内容なら好かれるだろうか。  片思いが、相手に好きになってもらいたいと思うことが、こんなにもつらいとは思わなかった。  僕の好意は暴力だと思っていた。中学時代、僕と仲が良い人もいじめの対象になったし、就職してからは「俺のこと好きなの? 怖いんだけど」と実際に言われたこともある。ある種の人にとって同性からの好意は脅威らしい。  係長はこれを暴力と思ってくれなさそうなところがいい。思い切って投げてみようか。しかしキャッチボールはひとりではできない。相手の準備が必要だ。怖くなったので結局「おめでとうございます」とだけ書いて送った。  未読無視されたまま1ヶ月が経過した。  係長はこれまでの恋愛と何が違うのだろうか。何が特別なのだろうか。  係長が身長180センチ以上だから、元サッカー部だから、既婚者だから、僕を好きにならないから好きになったわけではない。そういう属性だけを見て好きになったわけではない。生きている人間の係長が好きなのだ。僕の感情を切り替えるスイッチとしてではなく、係長が係長の日常生活を生きているということが好きだ。会社の廊下を挟んだ向こうの部屋で働いているという現実が嬉しい。  本当に存在するのか急に不安になったので確かめにいった。ちゃんといた。目が合うと「おう、久しぶり」と手を振ってくれた。 「LINE、わざと無視してる。お前が喜ぶかなと思って」と楽しそうに笑っていた。係長に冷たくされて悲しんでいる僕を見て楽しそうな係長を見ると僕は嬉しい。そんな僕を見て係長も嬉しそうだった。  今はこのキャッチボールだけで十分嬉しい。 文/でこ彦 題字・絵/二口貴之
'87年生まれ。会社員。Webメディア『telling,(テリング)』で「グラデセダイ」を連載中。好きな食べ物はいちじくと麻婆豆腐
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