僕と僕の係長/でこ彦<第5話>勃起した小山くんは「ホモじゃねーから」と短く叫んだ
「今カギ開けるから、犬でも見てて」
玄関前に立つと、犬が短く吠えた。庭に犬小屋があり、その奥に自転車が何台か停めてあった。犬を間近で見たのが数えるほどしかなく、僕の家族は誰も自転車に乗らなかったので、異国に来た心地だった。
小山くんの部屋で英語の問題集を広げ、前置詞の使い分けについて喋っていると、小山くんがシャーペンの先で僕の胸元をつついた。
学校では肌着はダサいという風潮があり、ワイシャツの下に何も着ないことが流行していた。だから僕も肌着は着ておらず、赤茶の点がふたつ透けてしまっていたのだ。「ごめん」と手で隠すと、「誰が男の乳首なんか見るか」と吐き捨ててベッドに移動していった。
小山くんが先に乳首に反応を示したのに。不可解だった。それに勉強はもう終わりだろうか。
ぼんやり眺めていると、ベッドの中の小山くんが「お前も寝ていいよ」と布団をめくったので、その横にもぐりこんだ。制服のまま寝転ぶのは落ち着かなかった。
眠ったはずの小山くんがいきなり布団の中で手を伸ばし、ちんこを触ってきた。「勃ってるし」と笑われたので、僕も小山くんの股間を触った。勃起していた。
「は? 俺は勃ってないよ」
小山くんは反論した。
「嘘だ。勃ってるよ」
もう一度触ると、「俺、本当に寝るわ」と目をつぶった。唇が笑顔のまま固まっていた。
寝息が鼻にぶつかるほど顔を寄せてみた。足元の地面がめくれるように視界が揺れた。世界が変わる轟音が体中に響いて怖くなり、布団から這い出た。
ファーストキスは未遂に終わった。
「眠ってる人に強引にするのはいけない」と自分に言い訳をしたが、実際は自分から進みたくなかったからだ。Bの扉を開けたことは、誰かのせいにしなければならなかった。
小山くんの静かな寝息を背に、ひとりで宿題を進めた。何度か目を覚ました気配があったが、振り返って顔を覗いてもまつげが小さく揺れているだけだった。
玄関の方から音が聞こえた。母親が帰ってきたらしく、小山くんはバネのように起き上がり、「なんだお前。まだいたのか」と僕をじろりと睨んで着替え始めた。「犬の散歩に行くからお前の家まで連れて行け」と追い出しながら、部屋を出る際には本棚にあった漫画『へろへろくん』の第1巻をお土産にくれた。
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