恋愛・結婚

僕と僕の係長/でこ彦<第6話>係長の「頑張れよ」は遠く先まで照らす灯のように頼もしい

「初めまして」と挨拶をすると、栄介くんはじろりと不審げに僕を見た。道行く人に突然話しかけたときみたいな反応だった。注文したお酒が届いたので「乾杯しましょう」とグラスをぶつけると、彼は困惑したように係長の方を見た。あまり歓迎されていないらしかった。  僕が栄介くんの存在を邪魔だと思ったように、栄介くんもまた僕が煩わしかったに違いない。お互いがお互いのテンポを崩すノイズだった。僕も助けを求めて係長を見たが、栄介くんと視線で何か会話していた。  彼らはすでに昼から飲んでおり、性風俗店で用を済ませた後らしかった。仙台のサービス料金の安さについてひとしきり話すと、「まずはここ」「その前にあっち」と次の行き先を探し始めた。彼らの口から出る地名や店の名前の全てに馴染みがなく、地図アプリを囲むふたりの間に割り込むことは難しかった。  牛タンやセリ鍋など、係長と一緒に食べたい名物のお店を事前に調べてノートにまとめてきていたが、それを鞄から出すこともなければ、係長がこちらを見ることもなく、次の目的地が決まった。婚活パーティーだと言う。  飲み込んだばかりのタコの唐揚げが出てきそうだった。  係長も栄介くんも既婚である。性風俗店へ行くことは、受け入れられないにしても理解できた。婚活パーティーは意図がまるで分からなかった。 「婚活するんですか?」 「しないよ。でも行ってみたいじゃん」 「サクラも参加してるっていうし、そんなもんだよ」と栄介くんが援護する。 「それにお前は誘ってないからな。俺らは行く。そこについてくるかはお前の勝手だ」  目の前にいるのは知らない人のようだった。サウナでおじさんの会話を横聞きする心地だ。  仕事関係者のいない町で、学生時代の友人と再会して、昼から飲酒して射精して、開放的な気分なのだろう。そこに水を差すようなことを言って嫌われたくなかった。サウナなら退室すれば済むが、係長から離れることはできない。  同行すべきかの悩みと、会話に混ざれないことの不機嫌とで口数が少なくなってしまった。幼稚な態度だと思いながらも、最初に注文したきりハイボールが全く喉を通らない。すると、係長が自分の天ぷらを分けてくれたり、お酒をひと口飲ませてくれたり、いつも以上に優しかった。その気遣いをしっかり嬉しがる自分が情けなかった。 「もっともてなしてもらえると思った? 残念。俺らの行くところにお前がたまたまいるだけだから。でも、パーティーのあとにお前の行きたい店にも行っちゃる」  泣く子供をあやすような柔らかい口調を聞いて、ついていかない選択は考えられなかった。
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駅前のパーティー会場につくと、まずその地味さに拍子抜けした
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