僕と僕の係長/でこ彦<第7話>彼らは女性が好きで、僕は男性が好き
ビデオとか、漫画とか、家の冷蔵庫とか、自販機でジュースを買う際のお金とか、所有者を曖昧にさせることが友情だと学んだ。喜びは倍増、悲しみは半減させられる。
放課後にみんなで遊ぶのも友情の確認作業だったのかもしれない。受験勉強をしていない後悔を分散できた。
恐怖も半減させたいのか、ひとりでは見られないと言って岩田くんがホラー映画をレンタルしてくることがあった。
映画『バイオハザード』を見ていたときに、物語の終盤、みんなが同時に「わ!」と叫んだシーンがあった。僕は何が起きたのか分からなかった。
テレビの前に彼らは団子のように集まってテープを巻き戻した。スロー再生で確認すると、画面の中では半裸の女性が斜め後ろから映っていた。
「これ!」
「見えた!」
まだ何に興奮しているの分からなかったが、「絶対おっぱいだ!」と興奮する様子を見てようやく合点が行った。それでもまだ理解はできなかった。
「ただの皮膚じゃん」という言葉を飲み込み、彼らの黒々とした後頭部を見守ることしかできなかった。
画面に釘付けの彼らと、椅子に座ったままぼんやりしている僕とは、ごく簡単な間違い探しだった。着ている服も言葉遣いも同じなのに、1点だけが決定的に違った。
彼らは女性が好きで、僕は男性が好き。
中学入学時から避けてきた部分が、卒業直前で隠しきれなくなった。警察に捕まった逃亡犯はこんな心地だろうか。悲しさより安堵が強かった。ようやく自分の輪郭を取り戻せたようだった。
職場の飲み会で、遅れてきた係長が自然に僕の隣を選んで座ってくれるのが好きだ。
告白をしてもいないし、裏ボタンをお揃いにしていないし、ビデオも貸し借りしていないのに、隣同士が定位置だという認識を共有できているところが嬉しい。
「何かおかしかった?」
キョロキョロと周りを見回しながら係長が不思議そうに聞いてきた。
おかしくて笑っているのではなく、幸福を感じたから笑っているのだ。口に出すとわざとらしく聞こえそうだったので「何でもないです」と黙っておいた。
僕が隠そうとしている感情が係長も同じであってほしいが、隠れているので確かめようがない。僕が見ている係長の横顔を、係長は見ることができない。同じである必要はないのかもしれない。
見慣れた係長の耳のしわを目でなぞっていると、「何だよ。キモいな」と笑って耳を隠された。
文/でこ彦 題字・絵/二口貴之'87年生まれ。会社員。Webメディア『telling,(テリング)』で「グラデセダイ」を連載中。好きな食べ物はいちじくと麻婆豆腐
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