僕と僕の係長/でこ彦<第8話>「男らしくない」というだけでその人を「仲間かもしれない」と期待した
高校1年生の僕は、マイケル・ジャクソンに連れ去られる場面を何度も何度も想像した。
入学前の春休み中にマイケルの密着ドキュメンタリーがテレビで放送され、そこで僕は初めてマイケル・ジャクソンの存在を知った。
なので僕にとって彼は偉大な歌手ではなく、遊園地と動物園みたいな屋敷に住み、子供部屋のような寝室でたくさんの子供たちと眠る人だった。性別、人種、年齢や常識を超越した存在に思えた。
混ぜてほしかった。そこではゲイかどうかの悩みやいじめられる心配とは無縁に思えた。マイケルなら僕のことも受け入れてくれると思わせてくれた。
「ここではない場所」に興味があるが、自分から行く勇気はなく、他人のせいにできる余地がなければならなかった。抽象的だった「ここではない場所」がテレビ画面の中にはっきりと映し出されていた。
授業中、窓の外を見上げてマイケルが迎えに来るのを待った。彼は窓からヘリコプターで来るという確信がなぜかあった。自家用ヘリコプターから縄はしごが伸び、その先に真っ赤なジャケットを着用した彼がぶら下がっているはずだった。
僕が消えたあとに騒然となる教室を想像することも楽しみだった。いじめてきた人たち、特に野球部をあっと言わせたいという幼い復讐心もあったのだろう。
同じ高校に進学した野球部員たちは面と向かって罵らなくなり、代わりにこちらを見てクスクスと声を潜めて笑った。別の中学出身の野球部員に「あいつはおかまだ」と教えているのだろう。陰口は気付かないふりをすればどうとでもなった。
サッカー部とはやはり相性がよく、最初に仲良くなったクラスメイトの慎ちゃんもまたサッカー部だった。
慎ちゃんは黒板やノートに書く文字がくるりと丸っこかった。はじめは「仲間」かと思って期待したが、そうではなく、ただ文字がかわいいだけの男子だった。「男らしくない」というだけですぐに心を許してしまう癖が僕にはあるらしい。
心優しい慎ちゃんは顔が広く、彼を訪ねて他のクラスのサッカー部員がよく来た。
大吾くんはその男子のひとりだった。
廊下側の窓が勢いよく開くと、大吾くんが顔をのぞかせて「英和辞典貸して!」とか「ジャージありがとう!」と用件を叫んだ。慎ちゃんが「おう」とか「洗ってから返せよ」と返す間、大吾くんはなぜか慎ちゃんの方を見ずに、僕と視線がよく合った。
彼が見るから僕も見るのか、僕が見るから彼も見るのか。
蓮の花のつぼみのようなギュッと硬そうな大吾くんの横顔が好きだった。たっぷりの練乳を溶かしたベトナムコーヒーのようになめらかな肌も魅力だった。アーモンド型の目に吸い込まれるように視線が重なった。
重なった瞬間、大吾くんが指パッチンをしてきたことがあった。何が起きたのか分からなかった。視線がぶつかる効果音のようだった。
「慎ちゃん、おはよう」と廊下から大吾くんが叫ぶ。慎ちゃんからの返答を待たずに僕に向かって指パッチンをし、去っていく。それが毎朝の決まりとなった。
幸せな気持ちが体からしみ出るように「大吾くんっておもしろい人」と声に漏らすと、慎ちゃんが「大吾もお前のことかわいい、まじかわいいって言ってたよ」と教えてくれた。
「あいつまじやばすぎるだろ」と慎ちゃんが笑っているが、僕は頭が真っ白になるほど嬉しかった。
窓ではなかった。マイケルは廊下からやってきた。
廊下ですれ違いざまに指パッチン。トイレで横に立っても指パッチン。周りが「今の何?」と気にしても構わず指パッチン。直接言葉を交わすこともなく、指だけの関係は3ヶ月も続いた。
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