僕と僕の係長/でこ彦<第8話>「男らしくない」というだけでその人を「仲間かもしれない」と期待した
僕の高校では夏休み中にも2週間ほど授業が行われた。その授業は「補習」と呼んで区別されたが、成績の良し悪しは関係なく、全クラス平等に通常授業が実施されていた。だが、この年は野球部が甲子園に出るということで、補習を中止して吹奏楽部員や希望者が球場まで応援に行けることになった。
行かない生徒は閑散とした教室で自習プリントを解くよう言われた。
その日の朝もまた大吾くんが廊下から登場した。普段どおり指パッチンを期待していると、「慎ちゃんは?」と声をかけられた。
心臓がギュッと絞られるようだった。
「応援に行っちゃった」
声の震えを必死に抑えて答えた。
「なんだ。古語辞典借りようと思ったのに。律は応援行かないの?」
「野球部大嫌いだから」
これが初めて交わす会話だったのに、長年ずっと友達同士だったようだ。動悸も早くなる。僕と大吾くんの周りだけ時間が急激に進んでいるみたいだ。
「世界史だ。俺、日本史なんだよね。カタカナ覚えられないから」
僕の自習プリントを手に取りながら、大吾くんが真向かいに座った。こんなに間近で大吾くんの顔を見るのも初めてだった。サッカーの練習で日に焼けた肌が食べ物としておいしそうだった。
「メールアドレス教えて」
と言ったのは僕だったか大吾くんだったか。どちらも声に出していなくても、そうすることが自然だった。
赤外線で交換するためお互いの携帯電話をくっつけていると、大吾くんはゴツゴツと機体をぶつけながら「なんかエロいよね」とつぶやいた。そのひとことで僕は急に恥ずかしくなった。催眠術にかかったように、大吾くんのつぶやきがスイッチになって世界が変わった。
大吾くんのメールアドレスは初期設定のままのアルファベットの羅列だった。
恋人がいる人間はアドレスに暗号のようにイニシャルや日付を組み込んでいたので、大吾くんには彼女がいないと判断して安堵した。
それに大吾くんの携帯電話はピンク色だった。シャーペンもピンク色で、おまけにいちごミルクの紙パックジュースを飲んでいた。女子受けという発想のない僕は単純に「やはり仲間なのかもしれない」と期待を寄せた。
毎晩つける日記には、「ロディ」の名前が頻出した。イタリアの馬型の玩具ロディに大吾くんはそっくりだったので、隠語として使っていた。
ロディに会えた。ロディと話せた。ロディかわいい。ロディ大好き。
ペットボトルのカルピスを購入するとミニロディがおまけでついてくると知り、僕は毎日カルピスを飲み、全色のロディを手に入れるよう努力した。
なわばりを広げるようにシャーペン、ペンケース、ノート、弁当箱、箸入れ、いろいろなものをロディで揃え、他の人がカルピスを飲んでいようものなら、大吾くんを奪われたようで対抗心を燃やした。
大吾くんが好きなのかロディが好きなのか判別がつかなくなっていた。
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