更新日:2023年03月15日 15:12
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パルコが地方都市から次々と撤退。“若者の消費”を支えたバブル期から40年

コロナ前もテナントの取扱高は100億円に届かず

パルコ

テナント取扱高※J.フロントリテイリング説明資料より(単純比較ができない渋谷、心斎橋は除く)

 コロナ前の平均を見ても、コミュニティ型は100億円に届いていません。パルコの従業員数は2019年度の634人から2021年度に691人へと増加しています。経営資源を集客力が強く、取扱高の多い店舗に集中しようと考えるのは当然でしょう。  建物の老朽化も頭の痛い問題です。新所沢店のオープンは1983年6月、津田沼が1977年7月、松本が1984年8月です。  パルコは実業家・堤清二氏が率いる西武グループの一角として各都市に出店した経緯があります。バブル絶頂期の若者の消費を支え、映画や劇場を併設して文化の発信拠点としても機能しました。全国へと拡大したパルコも40年近い年月が経過し、リニューアルを行う時期がやってきました。2019年11月にリニューアルオープンした渋谷パルコは、214億円が投じられています。コミュニティ型パルコの収益性を鑑みると、大型の投資に見合うものではありません。

新所沢パルコの跡地は高層マンション?

 地方都市からのパルコの撤退に戸惑う声は絶えません。所沢市は新所沢駅周辺の商業振興などに関する調査・研究を行うための「新所沢駅周辺まちづくり特別委員会」を設置しています。新所沢パルコの閉鎖が決定した後は、対象エリアの将来像についての議論が加速しています。  2022年11月21日に行われた委員会会議において、藤本正人所沢市長は「所沢市としてはパルコが撤退するという話を伺い、撤退しないでほしいという活動をしてきました。文書でも要望を行いましたが、住民もパルコ撤退を前提とした運動ではなく、撤退しないでほしいという消費者運動を巻き起こしていただければと思っていましたし、そのように働きかけた部分もあります」と話しています(新所沢駅周辺まちづくり特別委員会会議記録(概要)より抜粋)。  しかし、パルコは撤退が決定してしまいます。それを市長は認めた上で、新所沢が文化的でおしゃれな街であり続けるためにできることをやるとしています。このような発言からも、所沢市がパルコを重要な消費の中心地として捉え、若者を集める集客装置だと認めていることがわかります。  議事録によると、パルコの執行役員は閉鎖後の跡地利用について、高層マンションを建てるという構想を話しました。しかし、所沢市はこれに反対。商業施設には商業が必要であるとの考えを伝えています。新所沢店の跡地利用の青写真は未だ描けていません。
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跡地利用が進まない宇都宮パルコ
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フリーライター。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、経済や金融に関連する記事を執筆中。得意領域は外食、ホテル、映画・ゲームなどエンターテインメント業界
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