更新日:2023年04月01日 09:22
仕事

二度引退のプロスポーツ選手、“就職”で得た気づき「狭い世界でチヤホヤされていた」

デュアルキャリアならば「収入も2本立て」

菊池秀治

スーツ姿の菊池秀治氏(提供写真)

——約30年間アイスホッケー選手として活躍してきて、報酬面も含めて業界自体にどんな変化がありましたか? 菊池:僕は大学卒業後、東北地方を拠点にするクラブチーム「東北フリーブレイズ」に入団しましたが、どこの会場もお客さんが満員で、すごい盛り上がっていました。しかし、企業の業績が不振に陥ると、初めに予算をカットされるのは、スポーツチームが多いんです。 チームの予算が削られると、試合の興行に対する宣伝や広告にも影響がでますし、試合数も減少します。当然、選手の給料も下がります。ですので、僕が入団した頃の給料と、今の若い選手の給料は相当違うんじゃないかなと思います。 当時は、会社に所属し給料は年俸制でした。雇用形態は正社員ですが、アイスホッケーをやっていていいよという契約の仕方です。一方で、「横浜GRITS」は、選手やスタッフがアイスホッケーと会社員を両立させています。 僕のように、副業は認められておらず、アイスホッケー選手としての報酬がない選手もいますが、ほとんどの選手は「収入も2本立て」というところが大きな特徴です。働き方改革の一環として選手全員が競技での収入も得られるように、企業側へ協力を求め続けているのが現状です。

周囲が社会人経験を積み上げるなかで焦燥感も

菊池選手——一度目の引退までは、プロスポーツ選手一本で活動してきましたが、将来について不安になったことはありますか? 菊池:僕は東京出身なのですが、東京からアジアリーグの選手になる人って少ないんですよ。8~9割が北海道出身で、あとは東北や栃木、長野が多くて。要するに、雪国じゃないとできないスポーツ。 幼少期に僕とアイスホッケーをやっていた人たちは、競技を辞めて、ふつうに大学に入って、そのまま一般企業に就職しました。20代後半になると、自分との会話がまったく噛みあわなくなってきたんです。 最初は、アイスホッケー選手を続けている僕の方が“すごい”という見られ方だったはずなのに、みんなは就職して年収が上がって、役職もついて……。どこか焦燥感を覚えることもあったんです。 そこで、「アイスホッケーだけではないのかもしれない」って考えるようになりました。 みんなが出世することが悔しいわけではないですが、僕も社会人としてちゃんとしなければ、追いつけなくなるのではないかという不安は、常に抱えていました。
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一般社会に出て「消えていくのは本当にもったいない」
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