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“東大8年生”が断言する「間違いなく居心地がいい国」。治安は悪いかもしれないけど

親戚一同の集まりに受け入れてくれた

 旅行者として初めてメキシコを尋ねたときに僕を自宅に受け入れてくれたファミリーは、あらためて留学にやってきた僕に、引っ越して使わなくなった一軒家を無償で貸してくれ、大晦日に僕が一人のんびり過ごしていることを知ったときには、「一人きりで年越しなんてありえない」と一方的に宣告し、わざわざ近くまで迎えにきてくれたうえ、親戚一同の集まりに当然のように受け入れてくれた。そういえば独立記念日にも、同じく親戚同士の集まりに僕を混ぜてくれた(いま急に鮮明に思い出して涙が出てきた)。  ほかにも、血のつながらない母親と、妹が2人できた。  母の名はエルビア、妹の名はカルラとダニエラという。カルラとはメキシコ到着直後に大学のキャンパス内で知り合ったのだけれど、毎晩のようにチャットで「今日はどうだった?」「何して過ごした?」「何食べた?」「スペイン語の授業はどう?」と何でも尋ねてきて、休みの日になると妹のダニエラと一緒に街を案内してくれた。ほとんど母親か教育係のように、勝手に世話を焼きまくってくれた。

僕が人生で唯一「ママ」と呼んでいる人

メキシコ

メキシコでお世話になった女性(写真:タカサカモト氏提供)

 僕は実の母を病気で亡くして1年と数カ月、カルラは将来を誓い合った恋人をバイク事故で亡くして約半年というタイミングだったこともあり、お互いに喪失感や虚無感を乗り越えようとするなかで運命的に出会い、無意識に支え合いながら過ごしていたのだと思う。  僕が人生で唯一、「ママ」と呼んでいるエルビアから、あとになってそのことで感謝の言葉を伝えられたことがある。ほぼ半年、自宅に引きこもっていたカルラが、ようやく大学に顔を出し始めた直後に知り合ったのが僕だったということだった。  正直、いろいろ助けてもらって感謝していたのはこちらのほうだったけれど、自分の存在も誰かが立ち直るプロセスの一部になれたことには救われる心地がした。
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東日本大震災のニュースに泣き崩れたママ
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フットリンガル代表。1985年4月12日、鳥取県生まれ。東京大学文学部卒業。田舎から東大に進学後、人生に迷う。大学の恩師の助言で自分に素直に生きた結果、メキシコでタコス屋見習い、鳥取で学び場づくり、ブラジルの名門サッカークラブ広報、ネイマール選手の通訳などを経験。Twitter:@grantottorino Instagram:@takafotos

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東大8年生 自分時間の歩き方

自分の目で見て、自分の心で感じて、自分の頭で考える