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“2代目バチェラー”が東京と福岡の2拠点生活を決めたワケ。小柳津林太郎「ノープランで会社を辞めた」

バチェラーでの経験は「大人の青春」

 そして2018年には『バチェラー・ジャパン』に2代目バチェラーとして出演。恋愛リアリティショーへの番組参加を決めた小柳津さんだが、あらためて当時のことを振り返ると「人生の中でかけがえない3か月間だった」と語る。 「“真実の愛を探す”というひとつのことに対して、真剣に向き合う濃密な時間を過ごせたと思っています。純粋に気の合う女性を選ぶために全力で考え、悩み、決断してきた経験は何ものにも代え難いものでした。学生の頃なら学業や部活、恋など夢中になれることはたくさんありますが、社会人になってお金やビジネス以外のことで、本気になれるのは『大人の青春』に近い感覚でしたね」  バチェラー出演後は、自ら志願してサイバーエージェントからAbemaTVに出向。番組制作、キャスティングに関わるほか番組出演も。また、2代目バチェラーという肩書きから、キャスティングを「する側」から「される側」の仕事も増えて個人で受けるようになっていく。 「バチェラーに参加し、一躍注目を集めた“時の人”として一時的に騒がれ、数年後にはオワコン化する前に、次の大きなチャレンジを見つけたいと思いました。その路線で、自分の可能性を広げるためにも、広告の仕事や司会業といった新しいチャレンジをニーズがあれば行っていました」

サラリーマンに限界を感じて独立を決意

小柳津林太郎 しかし、当時は本業以外に副業をやるという風潮が社会にもあまりなく、会社としても副業を推奨するスタンスではなかった。組織人としての活動と個人としての活動の両輪を回すなかで、「サラリーマンとしての限界を感じてしまった」と小柳津さんは言う。 「2019年に一度自分を見つめ直す期間を設けるため、ノープランで会社を辞めました(笑)。その後はロサンゼルス、東京、北海道など気の向くままに旅をしていたんですが、数か月後にトレンダーズ株式会社の顧問にお誘いいただいて、仕事を再開しました。それ以来、自分の経験を生かし、プロジェクトベースで組織開発やビジネス開発、アドバイザリーの仕事など、複数社に関わるようになったんです」  実業家として、時にビジネスタレントとして、さまざまな“顔”を演じているわけだが、共通して大切にしているのはどのようなことなのか。小柳津さんは「人を基軸に新しい価値を作っていくことを得意にしている」と話す。 「人と組織、人とサービス、人とコミュニティなど、ある種ヒューマンプロデューサーとして人と向き合い、どれだけ価値を提供できるかを常に心がけています。昔から演劇をやっていたこともあって、『人前で表現する=話すこと』がすごく好きなんですよ
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建前ではなく“本音”を引き出すには
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1986年生まれ。立教大卒。ビジネス、旅行、イベント、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に執筆活動を行う。社会のA面B面、メジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ることを大切にしている

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