施設育ち、毒親からの逃亡を経てセクシー女優に。”パチンコ系インフルエンサー”の壮絶半生
18年ぶりに再会した母親に 「400万円出せ」と言われ……
その始まりは、新宿で会わないかという「ハハオヤ」からの電話だった。
子どもの頃は母親に会いたかった。でも会いに来てくれることは無かった。施設のスタッフにも母親を探してほしいと頼んだこともあるが、その話はいつもうやむやに終わった。ただ成長するにつれ、親戚からは母親には会わないほうが良い、もし会ったとしても、母親の言うことを聞いてはいけないと言われた。だから母親からの電話は、彼女にとって不穏なものだったし、結果的に不穏どころの話ではなかった。
母親は彼女が美容専門学校に支払った400万円を「返せ」と言った。どうせ親戚から借りたんだろう。私が返してきてやる。耳を疑うような言葉だった。彼女は母親から逃げた。でも追いかけてくる。その日はどうにかまいたが、今後は自宅にも乗り込んでくるようになった。母親はパチンコが好きな人だと聞いた。400万円も、その借金じゃないかと思わずにはいられなかった。
母親から逃げるため、何度も引越しをした。ちょうどその頃、かつての施設の後輩が自立援助ホームを抜け彼女を頼りに家に転がり込んできていた。彼女は、後輩の面倒も見ていた。表に名前の出ない仕事をしなくては。もっとお金を稼がなくては。そんな思いが彼女をAVの世界へと誘った。
初の仕事のギャラは2万円
【関連キーワードから記事を探す】
この記者は、他にもこんな記事を書いています




