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林家木久扇86歳が”欽ちゃん”に明かした「笑点卒業」を決めた、妻のひと言

バカとマヌケは似てるようで違う?

林家木久扇 × 萩本欽一_エッジな人々──木久扇さんは「バカ」の第一人者です。萩本さんは「マヌケ」の素晴らしさを提唱していて、『マヌケのすすめ』という著書もある。今日はバカとマヌケの対決でもあります。 木久扇:バカとマヌケは、ちょっと違う気がしますね。 萩本:私の中では、全然違います。マヌケっていうのは、庭の草木に水をやっている途中に雨が降ってきても、そのままのんびり水をやり続けるみたいなこと。「もうやらなくていいや」とは思わない。 木久扇:ぼくが考えるバカは、孫に「今月分だよ」って、封筒にお金を入れてお小遣いをあげて、また次の日も同じ封筒を用意して、「あれ、もうあげたっけな?」と思いながら、またあげちゃうようなことかな。 萩本:バカって、言葉の響きが強いじゃない。「このバカ」と言われると、すごく怒られてる気がする。その点「このマヌケ」だと、ショックが少ない。師匠の「バカ」は、「バカァ~ン」って感じですね。響きが柔らかくて包容力がある。 ──あまりにも深いお話で違いをつかみ切れませんでしたが、どちらも「人生を楽に生きる秘訣」ということですね。 木久扇:そうなんです。たぶんマヌケも同じだと思いますけど、勝ち負けとか自己嫌悪とか恨みつらみとか、そういうこととは無縁でいられます。 萩本:マヌケも、そのへんとは無縁ですね。あと、マヌケだと周囲の人に「こいつ、なんか助けてやりたい」と思ってもらえる。私はマヌケだったおかげで、劇場をクビにならずにコメディアンになれました。 ──今日、こうしてお二人に対談してもらうにあたって、それぞれの笑いに対する強い思いがぶつかって、バチバチ火花が散ったらどうしようと、少しビクビクしていました。 萩本:そういうことで火花を散らすのは、お利口さんがやることです。バカとマヌケの私たちが話しても、ぶつかりようがない。だけど、あらためて聞いてみようかな。木久扇師匠、あなたは笑いをどういうものだと考えますか? 木久扇:たとえば、椅子が2つあるとしますよね。片方は木だけでできている椅子で、片方はクッションがついている贅沢な椅子で、「どうぞ」と勧められてどっちに座りたいかといえば、ふかふかのほうがいい。そのスプリングの役が笑いだと思うんです。人生の座り心地をよくしてくれるというか。 萩本:うわー、ちゃんとした答えが返ってきちゃった。私は、笑いっていうのは、生活の中で一番いらないものだと思ってる。笑いがなくても、生きていくうえでは何も困らない。でも、「あったほうがいいかもね」ってところに、自分の笑いがあるって考えてます。 木久扇:「あったほうがいいかもね」って、ちょっと遠慮がちなところがいいですね。 萩本:「あったほうがいいよ」って自信を持って勧めるのは、違う気がする。まして「ないとダメ」なんて、恥ずかしくて口が裂けても言えません。
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落語とコメディ、うらやましい点
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