更新日:2024年04月22日 11:13
仕事

離職率9割のベンチャー企業に「全く売れない」俳優が転職、年間50億円のトップセールスに躍り出るまで

離職率9割のベンチャー企業で「何がなんでも弱音を吐かず、絶対に辞めない」

面接 ただ、正社員として働くのは初めての経験でした。22歳までアルバイトしかやってこなかったことにある種のコンプレックスを抱えながらも、「何がなんでも弱音を吐かず、絶対に辞めない」と心に決めていました。  もう10年以上前ですが、私が就職した不動産ベンチャーは離職率が9割を超えるほどの厳しい労働環境で、毎日と言っていいくらい、誰かがいなくなる状況でした。  ある時、先輩と一緒にランチへ出かけた際に、いっしょに会社を辞める誘いも受けたのですが、絶対に辞めないという信念があったからこそ、退路を断って踏みとどまれたのです。  研修期間を終え、営業課に配属されてからも、試練は続きました。  不動産の営業ということで、体育会の“ノリ”があるのは覚悟していましたが、入社から2ヶ月くらいした後に大失態を起こしてしまいます。  会社の先輩から飲みに誘われ、そのまま朝まで過ごしてしまったため、起床できずに会社を無断欠勤。それが大きな問題となってしまって……。  当然、課長からはひどく叱られたのですが、私と一緒に飲んだ先輩はそのまま連絡が途絶えてしまい、行方を探すように命じられたのです。先輩の家に張り込み、帰りを待っていました。  結局、先輩とは会うことができませんでしたが、“一人のためにそこまでするのか……”と。今の時代で考えると、なかなかブラックだったとは思いますけど(苦笑)、不動産の営業をするうえでの「諦めない」という心構えは、こうした過去の大変だった経験から学ぶことができたと思っています。

入社3年目で年間50億円を売るトップセールスに

ビジネスマンと上がるグラフ そして、入社から4ヶ月あまりで初契約を受注。3億の案件を決めたこともあり、社内でも一定の評価をいただくことができたのです。大阪支店の立ち上げにも招集されたのですが、大阪エリアの市場開拓をしていくなかでも、3億円の案件を決めることができました。  過酷な労働下でも耐えて結果を出せたのは、幼少期に野球で“しごかれた”経験があったこともそうですが、「人が辞めていくということは、そこで残ったもん勝ち」と考えていたのが大きかったような気がします。  いっとき芸能に挑戦したのも、簡単なことをするのが「嫌い」だから。難しいと感じるものが「好き」で、そこに対してチャレンジしていく。うまくいかないからこそ反骨心が湧いてきて「やってやる」という気持ちになるんです。  とはいえ、社会人1年目でもある程度の結果を残せたわけですが、直属の上司からは正当な評価がされず、営業の仕方にも疑問を感じていたことから不満が爆発し、会社へ行かなくなった時期がありました。心を洗い流すために京都のお寺を巡り、そのまま東京へ帰って、東京本社に出社したんですね。  そこで社長に「会社を辞めるつもりはないので、上司を変えてください」と直談判しました。その結果、自分が前から尊敬していた上司に誘われ、名古屋支店の立ち上げに関わることになったのです。  名古屋支店へ配属されてからは、1年以内に3〜4案件ほど受注し、合計で10億ほど販売しました。入社3年目には年間で50億を売り、トップセールスに躍り出ることができ、最終的には支店長を任されるようになったのです。
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「やるしかない状況」から起業の道へ
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株式会社Agnostri(アグノストリ)代表取締役社長。1989年、東京都出身。小学校から高校1年まで野球を続け、厳しい監督に鍛え上げられる。22歳で事業系不動産に特化した不動産売買の会社に就職。中小企業の経営者をターゲットに、ビル売買の営業開拓を実施。その後大阪支店・名古屋支店の立ち上げに携わる。最終的に東京で課長職に就任。会社員時代は1人で50億円を販売しトップセールスに。2018年に独立し、東京都千代田区にアグノストリを設立。会社設立後、年間100億円ほどの売買を締結。著書に『2%の人しか知らない、3億円儲かるビル投資術』(ぱる出版)、『御社の新しい収益基盤を構築する 区分オフィスビル投資術』(ビジネス教育出版社)がある。X(旧Twitter):@agnostri_aoki

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