「なに言っているのか分からない。結論から言って」
部下たちから聞いたところによると、次のようなことがあったそうです。
指示された仕事をSさんに提出したとき「〇時間かけてこの程度ね」とか「なに言っているのか分からない。結論から言って」などと言われた。「これ以上のことは求めないから、せめてここまでやって」などと見下すような発言があった。また、どんな事情があったとしても、マニュアル通りに仕事をしないと激昂することが多い。できないと思った部下に、指導するのではなく、部下の仕事を奪って「あとはこちらでやるのでもう結構」と吐き捨てるように言った。
Sさんの態度に耐えかねて、「異動したい」と人事部に泣きながら申し出た部下もいたということです。さまざまな場面でSさんとのコミュニケーションに悩んでいる部下たちは、なにか共通の話題で円滑なコミュニケーションがとれないかと模索していたところ、Sさんは歴史が好きだということが分かりました。以降、部下たちはSさんに歴史の話題を振ったりしながら、少しずつ分かり合おうとしたそうです。
Sさんは、自分の好きなテーマでみんなが話しているときは、楽しそうに雑談に加わることもあるようです。
ただ、Sさんの知識が深すぎて、マニアックな部分にフォーカスすることが多く、部下たちは顔を引きつらせて聞いていることもあるという話でした。話し出すと止まらないところがあり、機嫌が良いときは打ち合わせをしているときでも、戦国武将や戦術などの話を引き合いに出して、長々と仕事の進め方や今後の展開などを話すこともあります。これは、ごく一部の歴史好きな部下には好評ですが、対応に困っている部下のほうが多いようです。
筆者は、人事からの依頼でSさんからも話を聞きました。
管理職として、部下とのコミュニケーションなどで困りごとはないかと問うと、「とくに問題はないと思う」とのことでした。続いて、部下の教育や指導、キャリアなどについて考えを聞いたところ、「部下に任せてみて、能力的に難しそうな仕事だったときは、自分が引き取ってやっている」(お互いにとって時間の節約になるし、できないことをするのは部下もストレスになる)、「歴史好きな部下が多いので、仕事の指導をするときや打ち合わせのときなど、戦国時代の話などを引き合いに出して喜ばれている」(自分が気を遣われていることに気づいていない)、「マニュアル通りに仕事を進められないことはおかしい」(ここは譲れない部分である)という回答でした。
筆者は、管理職としての役割に部下への仕事の指導も含まれていること、部下からの話を自分の「こうあるべき」というマイルールを横に置いて聞くこと、指示の仕方に気をつけること、マニュアル通りにいかないこともあることなどを伝えました。すると、「
管理職になってから仕事に面白みを感じない」という話が出てきました。そして、部下であったとしても、自分の仕事のペースややり方を乱されることは非常に不快に感じる、ということでした。
Sさんには、ASD特性が出ており、グレーゾーンの可能性があるかもしれません。筆者は、仕事のスキルがもともと高いSさんには、部下の気持ちを慮るような声がけも難しいように思いました。Sさんと年次が近い中堅社員を部下とのやり取りの際に間に入れるような提案をしたところ、そのほうが助かるとも言っていました。
ストレスマネジメント専門家。企業人事部や病院勤務(精神科・心療内科)などを経て、現在、株式会社メンタルシンクタンク(筑波大学発ベンチャー)副社長。カウンセラーとして約1万人の相談に対応し、中央官庁のメンタルヘルス対策や県庁の研修にも携わる。著書に『
「なんとかなる」と思えるレッスン 首尾一貫感覚で心に余裕をつくる』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある
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