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「子どもの成長に悪影響」“小学生ギャル”の雑誌に寄せられた批判の声。徐々に世間に受け入れられていくまでの紆余曲折

「ステージでパラパラを披露」現代も息づく平成ギャルの魂

ーーこの2年間で、活動の幅が広がったと感じることはありましたか? 井場ひとみ:2023年後半から2024年にかけて、アーティストとしての取り組みが増えたことは一つの転機だと感じています。 雑誌のほかに「残るもの」を届けたい思いで制作したMV『SHIRANKEDO』が人気を博したのを皮切りに、2024年11月にはワンマンライブを開催できるほど活動の幅が広がりました。 ーー小学生ギャルたちがおこなうワンマンライブとは、どのようなものなのでしょうか? 井場ひとみ:『KOGYARU』のオリジナル曲2つ、カバー曲1つの計3曲を披露するだけでなく、ステージに降りて来場者の方たちと触れ合うなど、声援の鳴り止まないライブを実現することができました。 ファンの方のなかには、メンバーカラーのリボンを付けてくれている「園児ギャル」もいたのが印象に残っています。また、ギャル親子もたくさん遊びに来てくれていて、みんなで一緒にパラパラを踊れたこともハイライトの一つです。 ーー令和のギャルたちにも、パラパラは継承されているのですね。 井場ひとみ:パラパラの魂は、令和のギャルたちにも強く根付いています。実際に、NHK連続テレビ小説『おむすび』でパラパラ指導をしたRumiさんの「パラパラ学校」には、多くの小学生たちが集まっていると聞いています。 基本の振り付けが決まっているパラパラは、一度身体に染み込ませておくだけで、どんな曲にでも応用ができてしまうんです。一般的なダンスよりも踊りやすいその特徴が、むしろ子どもにウケているのかもしれません。 なんといっても、初めて会ったギャル友達ともすぐセッションできてしまうところは、パラパラがなくならない理由であり、永遠の魅力ともいえますね。

高校生時代は「1日10回ぐらいプリクラを撮っていた」

ーー井場さんも、かつてはギャルとして活動をしていたのでしょうか? 井場ひとみ:私は、高校生のころは渋谷のギャルサーに入り、いわゆる「ギャル活」をしていました。毎日ギャル友達と「渋谷センター街」に集まって遊ぶ日々を送っていて。当時は、1日10回ぐらいプリクラを撮っていたと思います。ただただ、みんなと一緒にいることが楽しかったんですよね。 ーーギャルサーとしての活動は、どのようなものがあったのでしょうか? 井場ひとみ:私の所属していたギャルサーは、イベントサークルのような側面がありました。ギャルの力だけで、渋谷の2,000人規模の会場でファッションショーを開催したこともあります。 当時私がずっとサークルの先輩として尊敬していたのが、元『egg』編集長で、現在は渋谷女子インターナショナルスクールの校長を務める赤荻瞳さんです。「周囲の目を気にせずに好きなことを貫く」など、ギャルとしてのあり方を赤荻さんから学んでいなければ、『KOGYARU』の立ち上げはできていなかったかもしれません。
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オーディションの判断材料は「コミュニケーション力」
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エンタメ好きなフリーライター。クリエイターやアイドルなどのプロモーション取材を手掛ける。ワンドリンク制のライブが好き。
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【雑誌KOGYARU 2025年春夏号】
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