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「わたしは桐島聡です」男はなぜ、死ぬ間際に名乗ったのか。桐島役を演じた古館寛治が導いた答え

“逃げる”という欲求と行動と葛藤だけを考えて演じた

“逃げる”という欲求と行動と葛藤だけを考えて演じた

(C) 「逃走」制作プロジェクト2025

――古舘さんはなぜだと。 古舘:僕というか、ここに描かれているフィクションの桐島としては、やっぱり仲間への忠誠心や裏切れない思いが強かったのかなと。 ――しかし途中でその仲間もいなくなります。 古舘:そうなんですよ。難しいですよね。ただ、獄中で亡くなった方もいるし、それをイメージするとずっと逃げ続ける気持ちも分かる。とにかく僕は“逃げる”という欲求と行動と葛藤だけを考えて演じていました。 その葛藤も、足立さんはシンプルに描いていないので、若い桐島とすれ違うシーンが出てきたり、もう一人の僕と禅問答するシーンが出てきたりする。足立さん自身、日本に帰ってきてから何十年も経ちますが、自分は戦い続けているという葛藤があるのだと思います。

「古舘」という名前は、与えられたものだけれど僕の中にある

「古舘」という名前は、与えられたものだけれど僕の中にある

(C) 「逃走」制作プロジェクト2025

――桐島云々とは別に、個人と“名前”の関係についてはどんなことを考えますか? 名前が人に与える影響など。 古舘:そこはあまり考えたことがなかったんですけど、でも桐島が最後に自分の本当の名前を言いたかったのは、分かる気がします。 古舘というのは僕の本名ですが、これは自分で選んだわけではなくて、親から与えられた、親もその親に与えられた名前です。 だから僕という存在に対して、僕自身と結びついているわけじゃないし、切り離したっていいもののはずなんだけど、でもずっとそうやって呼ばれて生きてくると、やっぱり僕の中に古舘というものがあって、「僕は古舘なんだ」と思う。 ――そうですね。 古舘:桐島も50年も内田洋として生活してきたのに、最後は桐島聡として死にたかった。ここも、足立さんはすごく熱い思いを語られていたんだけど、僕は単純に「僕、あの指名手配されてた桐島なんです」と言っちゃうだろうなと。 戦い続けてきた思いとかそういうものがあってもなくても、言っちゃうだろうなという気がしました。もちろん足立さんのおっしゃるような熱い思いがあっての告白かもしれないけれど、僕だったら死ぬ間際に「実はあれ僕なんです」って単純に言いたくなるんじゃないかなと思いました。
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自分自身が名前を奪われることには無頓着。それは男だから
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ケーブルテレビガイド誌の編集を経てフリーランスに。映画周辺のインタビュー取材を軸に、テレビドラマや芝居など、エンタメ系の記事を雑誌やWEBに執筆している。親類縁者で唯一の映画好きとして育った突然変異。X(旧Twitter):@mochi_fumi

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