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デヴィッド・ボウイ、その死から約10年。死してなお人を惹きつける魅力とは

マルチな顔を持つアーティストとして

1990年代になっても、老いを感じさせないボウイ

1990年代になっても、老いを感じさせないボウイ

 これまでの彼の生涯を眺めると、デヴィッド・ボウイがロックシンガーという地位を基盤にして、多くのことに挑戦してきたことがわかる。90年代には、デヴィッド・リンチ監督の映画『ツイン・ピークス ローラ・パーマー最後の7日間』(1992年)で重要な役どころ演じるなど、俳優としてのキャリアも充実してきた。  そんな90年代、破竹の勢いで発達したのがインターネットだった。今でこそ、ネットは生活になくてはならない存在だが、この当時はまだまだ一般的にはマイナーなものだった。インターネットという新しいツールに新しいコミュニケーションの可能性を見出したのは、なにもマーク・ザッカーバーグをはじめとしたIT系の人間だけではなかった。ボウイもこの新しい可能性に興味を示した一人だった。  ボウイはいち早く、楽曲のダウンロード販売をネット上で始めた。また、彼の公式サイトでは会員限定のチャットルームが開設され、ときにはボウイ自身も「セイラー(sailor)」のハンドルネームでファンたちの間に姿を現すこともあったという。アーティストがSNSで日々の日常を吐露し、サブスクリプションを介して楽曲を配信する現在から見ても、彼のこうした行動は時代を感じさせないものがある。まして、90年代にこれをやっていたのだから、間違いなく彼には先見の明があったはずだ。

デヴィッド・ボウイ引退説の真相

26枚目のオリジナルアルバム『リアリティ』(2003年)。これ以降、新作は2013年まで作られない

26枚目のオリジナルアルバム『リアリティ』(2003年)。これ以降、新作は2013年まで作られない

 2000年代に入っても、ボウイの勢いは衰え知らずだった。新たなアルバムを発表し、ツアーも実施する。50代も半ばに差し掛かろうとしているにもかかわらず、相変わらず活動的だった。  ところが、この勢いは突然、中断する。2004年6月、ツアーの中、ドイツのハンブルクで緊急入院し、心臓の手術を受けることになったのだ。ツアーの残りの公演はキャンセルされたほか、これ以降、新たな作品発表やメディアでの露出も次第に減っていった。  2010年代に入ると、事実上の活動休止状態となり、デヴィッド・ボウイ引退説まで囁かれるようになっていた。そんな中、2013年1月8日、66歳の誕生日、そういった類の噂話が全くの誤りであることがわかった。
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デヴィッド・ボウイ、突然の復活
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現役大学生ライター。読みは、れいもん・さるとる

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