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大谷翔平「打率.190&防御率37.80」の悪夢から5年…“二刀流復帰”へ順調も待ち受ける「最悪のシナリオ」

思い起こされる2020年の悪夢…

 さらに、自身2度目のトミー・ジョン手術から復活を目指している大谷だが、前回の手術後は復帰直後に投打ともに精彩を欠いたことを記憶しているファンも少なくないだろう。  大谷にとって初めてのトミー・ジョン手術はエンゼルス時代のメジャー1年目。18年の秋だった。翌年の19年は打者一本で出場し、ルーキーイヤーに負けず劣らずの活躍を見せたものの、二刀流復帰を果たした20年にプロ入り後の自己ワーストシーズンを味わった。  コロナ禍で7月に開幕したその年は、開幕3戦目に久々のマウンドに上がるも、1つのアウトも奪えず、5失点と炎上。さらに、2度目の登板でも2回途中まで5四球の大乱調で、2点を失ってマウンドを降りた。結局、これがシーズン最後の登板となり、37.80という屈辱的な防御率が残っている。  また、二刀流復帰の負荷もあったか、打者としても44試合の出場で、打率.190、7本塁打、24打点。打撃面でも今では考えられないような不振に陥り、立て直すことなくメジャー3年目のシーズンを終えた。

本格化した大谷の二刀流復活に期待

 今季も同じように二刀流復活を目指すシーズンとなるが、さすがに5年前の悪夢が大谷の脳裏をよぎることはないだろう。  当時の大谷は開幕した時点で26歳になったばかりで、選手としてもまだ完成の域には達していなかった。その後、本格化した大谷は、23年に肘を痛めるまで二刀流として大活躍。打者に専念した昨季も含めて、MVPを3度獲得している。  5年前と今の大谷を比較するのは見当違いだが、2年ぶりの二刀流復活で、リズムを崩す「最悪のシナリオ」だけは避けてほしいところだ。 文/八木遊(やぎ・ゆう)
1976年、和歌山県で生まれる。地元の高校を卒業後、野茂英雄と同じ1995年に渡米。ヤンキース全盛期をアメリカで過ごした。米国で大学を卒業後、某スポーツデータ会社に就職。プロ野球、MLB、NFLの業務などに携わる。現在は、MLBを中心とした野球記事、および競馬情報サイトにて競馬記事を執筆中。
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