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「手を使わずに食え」新聞紙の上の食事…女性記者が明かす“父に支配されていた”恐怖の幼少期「殴る、蹴るはまだマシだった」

周りの大人は助けようとしてくれていた

振り返ると、周りの大人は助けようとしてくれていたのだと思う。隣家の住人が、何度もうちに尋ねてきていた。 「毎日のように子どもの泣き声が聞こえる」「虐待をしているのではないか」ーー。 そのときに、私たち子どもが「助けて」と声を上げられれば、よかったのだろう。でも、できなかった。「あのオバハンは非常識」「うちに嫌がらせをしてきている頭の悪い人間」と、父と祖母に言い聞かされた。万が一、外に出て声をかけられても返事はしてはいけないと言われた。その言いつけを破る勇気はなかった。 市からも大人が来た。「義務教育を受けるべき子どもがいるのに、小学校に行かせていませんよね」と指摘を受けたらしい。よくあのとき、あっさりと私を小学校に入れてくれたな、と思う。入学させないと罰金を取られるからだろうか。父は公的機関からお金をとられるのが大嫌いなので、そのおかげかもしれない。 私がはじめて外の社会に触れられたのは、小学校2年生の梅雨の時期だった。やっと人間への第一歩を踏み出したのはこの時だったと思う。 ただ、小学校に行けるようになったからと言って救われるようになったわけではない。うちには父だけではなく、祖母というモンスターもいたのだ。 <TEXT/ふくだ りょうこ>
大阪府出身。大学卒業後、フリーランスのライターとして執筆活動を開始。ゲームシナリオのほか、インタビュー、エッセイ、コラム記事などを執筆。やせ型の夫とうさぎと暮らしている。X:@pukuryo
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