トイレを磨き、「意思決定の残高」を仕事のためにキープ
——著書ではトイレ掃除を「手でやる」と書かれていました。これはなぜですか?
昔、こんな話を素敵な成功者に教えてもらったからです。
引っ越しをすると、色々な神様たちが新居に来てくれる。その神様たちが担当する新居内の場所を取っていくんです。リビングや寝室など快適な場所は先に来た神様たちが取り、最後に来た神様は残されたトイレに住むことになる。
で、トイレに住むことになった神様がなぜ最後に来たのかというと、金銀財宝や運をどっさり持っていて荷物が重いからなんです。いわゆる福の神ですね。
でも、せっかく福の神が来てくれたのに、トイレを見て、「あ、ここ汚いわ」ってなると、金銀財宝を持って他の家に行っちゃう(笑)。
こういう話を聞いてから僕は、毎回トイレを手で掃除しています。
やってみると意外と気持ちいいんです。洗面所やキッチンって物が多いから手では掃除しにくいけど、便器はシンプルだからサッと終わる。1分もかかりません。
しかも、掃除してる最中って「あのとき、あんなこと言っちゃったな……」って思い出したりするんですよ。ひざまずいて、汚れを手で取ってると、謙虚になれます。スキップしながら鬱になれないのと同じです。行動とメンタルは連動している。
家がきれいだと、集中力も全然違います。僕は家で仕事をすることが多いのですが、「あそこが汚れているな」と思ったり、「あれどこにあったっけ?」と探し物をすると、集中力が一気に削がれる。
——掃除や片づけが「仕事の生産性」にも直結するんですね。
僕は、家にモノをなるべく置かないようにしてます。声が反響するくらい、空間に余白がある状態が理想。
あと「一日一捨て運動」をしています。毎日1個捨てる。1個新しいものを買ったら、2個捨てる。ホチキスが2つあったら、どっちか捨てる。服も一定期間着なかったものは仲間にあげます。
意思決定の力って、残高があるんですよ。
今日はどのシャツにしようか、朝に何を食べようか、という小さな選択で、それを消耗してる人は、仕事の大事な場面で決断力が鈍る。だから、どうでもいい意思決定の回数を徹底的に省く。
自分のエネルギーを使うべきところに、きちんと意思決定の力を残しておくべきなんです。
——たしかに、朝からいろんな選択を繰り返してると、夕方にはヘトヘトになってます。
一般的には成功していくと「持つモノ」が多くなると考えられているようです。ですが、実際には成功していくと「持つモノ」を減らす人が多いと思います。モノっていうのは物理的な物だけじゃなく、人間関係や情報なども含みます。
成功している人の家って、物が少ない。映画を撮るときは、貧しい家庭を描こうと思ったら物を多くして部屋を散らかすし、逆に成功者の家は必要なものだけを整然と並べるんです。家が整然としていると、怒りとか嫉妬とか、不要な感情にも流されにくくなる。
僕も昔は復讐リストとか作ってましたから(笑)。
——復讐リストですか?
高校を中退して貧しかった頃に、いろんな人に馬鹿にされたので、「いつか見返してやる!」と。
でも、自分が豊かになり、かつて僕を馬鹿にしていた人が満員電車で疲れていたり、お小遣い500円で頑張ってるのを見たら、「ま、いいか」って思えるようになった。 その感覚は、自分が成長し達成することでしか手に入らないんです。
大人になったら「血縁よりも価値観で繋がる人を選べ」
——高校を中退されたとのことですが、どんなご家庭だったんでしょうか。
いわゆる「複雑な家庭」でした。父は酒を呑んでは暴れるタイプで、幼いときから両親が別居して、小1のときに離婚。父方に引き取られたのですが、再婚相手は連れ子である僕のことに完全に無関心で、家事育児をまったくしませんでした。
やらざるをえない僕は、冷蔵庫のもので自分でごはんを作って、体操着のゼッケンも自分で縫うなど、自分のことは自分でやっていました。
今でいうネグレクトですが、僕にとってはよかった。「あれしなさい、これしなさい」って言われない分、自由だったんですよね。自分で考えて動く力が自然とついたから、 今の成功があると思う。
——いわゆる「成功者」って、元々お金持ちだった人が多いと思ってました。
地方はそうかもしれないけど、東京は自力で成り上がった人も多いと思います。ゼロからイチを作ったことがある人は、やっぱり強いです。
火事場の馬鹿力が出せる人って、だいたい貧しかったり、親から放っておかれたタイプが多いような気がします。親がお金を出してくれてると、いざってときに踏ん張れないんです。
僕は24歳の時に、父親が6,000万円以上の借金を抱えたまま寝たきりになりました。その時に「これで飯食え。死ぬほど働け、がんばれよ」って助けてくれたのは、仕事関係の人。親族は「人生お金じゃない」「勉強くらいしておけ」って口は出すけど、いざという時にはお金は出してくれませんでした。
ただ血が繋がっているだけで、助け合ったり、高め合ったりするわけじゃない。僕にとっては、そんな人たちよりも、価値観で繋がっているコミュニティこそ、本物の仲間なんです。
——日本は「家族を大事にしなくてはならない」という風潮が強いですよね。
「早く結婚しろ」「そんな仕事をして親族の恥」などと言われて、意思決定を鈍らせている人を見るけど、そこまでして迎合しなきゃいけない理由がわからない。大人になったら血縁に執着しなくていいと思います。
冠婚葬祭で会って、気を遣って、お金使って、疲れて……ってことにエネルギーを割くよりも、「今までありがとうございました。これでさようなら」って線を引いていい。もちろん、血縁に関係なくお世話になった人や価値観が合う人とは関係を続ければいい。
親族が自分の人生に口出ししてきたとき、「この人は責任取ってくれるのか?」って考えてみてください。答えはたいてい「NO」です。だったら、自分の責任で、自分の価値観で繋がった人たちと、生きていく方が絶対いい。