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“無職のシングルマザー”が「アメリカの警察官」になるまで…34歳で米国警察学校に合格した日本人女性の軌跡

アメリカの警察を目指す「過酷すぎる挑戦」

永田有理さん

永田有理さんのYouTubeチャンネル「警察官ゆりのアメリカ生活」より

——日本で警察官になるには、試験を受け警察学校に入って訓練を受けますが、アメリカも同様ですか。 永田:はい。ただ、まず試験に合格することがすごく難しいです。筆記試験は、英語力、数学、時事問題を問うもののほかに、小論を書くというのもあります。小論は「自分がしたことで一番後悔していること」といったテーマが渡され、それに関して文章を書くんです。テーマは当日まで知らされず、事前対策ができないので苦戦しました。 ——もちろん筆記だけではないですよね。 永田:体力テストや健康診断はもちろん、心理カウンセラーによる診断があって、面接も3回ぐらいあって、嘘発見器を使用して質問責めにあうとか……かなり大変でした。

半年間は無職で勉強に専念

——警察学校に入ることも、なかなか過酷な挑戦でしたね……。 永田:おまけに、試験勉強のために仕事を辞めていたんです。「半年後には警察学校に入っている」という目標で、半年間生活できるだけの貯金はしました。だからこそ、半年で絶対に合格していなくてはいけなかったのですが、残念ながら合格できませんでした……。お金がなくなってしまって、臨時の仕事をしながら生活のやりくりをしていましたね。 ——結果的に、いつ頃受かったのですか? 永田:なんとか合格したのは、仕事を辞めてから1年以上経った頃で、34歳になっていました。受かったことを知ったときは、まるで夢のようでしたが、その一方で「これだけ頑張ったのだから絶対受かる」という確信も正直ありましたね。この体験は、自分の人生の中でも、自信を深めるひとつのきっかけになったと思います。  *  *  *  警察学校への切符を手にした永田さんだったが、それはゴールではなく新たな試練の入り口だった。待ち受けていたのは、肉体的にも精神的にも極限まで追い込まれる警察学校での日々。インタビュー後編では、そこで彼女が体験した“過酷すぎる生活”の全貌に迫る。 取材・文/鈴木拓也 【永田有理】 日本の高校を卒業後、渡米。現地の語学学校とカレッジを経て、紆余曲折の後にLAPD ACADEMY入学。卒業後はロサンゼルス空港警察(LAXPD)に勤務し、現在に至る。また、NPO団体ラブスペクトラムを立ち上げ、人身売買の防止や被害者を支える活動に取り組む2児の母。Amazon Kindleの著書『実録LA初 日本人女性警察官』2部作がある。
ライター、写真家、ボードゲームクリエイター。ちょっとユニークな職業人生を送る人々が目下の関心領域。そのほか、歴史、アート、健康、仕事術、トラベルなど興味の対象は幅広く、記事として書く分野は多岐にわたる。Instagram:@happysuzuki
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