仕事

アメリカの警察官になった日本人女性が“命の危機”を感じた瞬間「いきなり後ろから襲われて、首を絞められ…」

すべての誘惑を断ち切って警察学校を卒業

永田有理さん

自身のYouTubeチャンネルにて、さまざまな情報を発信している

——英語圏生まれでないことや身長の低さなど、不利な要素があるなかでの警察学校生活は想像に絶する過酷さだったと思います。そんな環境をどういった想いで乗り越えられたのでしょうか。 永田:第一に「絶対に諦めない」という気持ち。あとは、決してフォーカスをずらさないことです。警察学校に入る前日に、そこのインストラクターが「家族にも友達にも自分は6ヶ月間存在しないと思ってもらうように」と言ったのです。それはずっと記憶に残っていて、肝に銘じました。どうしても、日常的に誘惑はいっぱいあるわけです。「たまには飲みに行こうよ」と誘われたり……。それで誘惑に負けると、自習時間がなくなってしまいます。 ——すべての誘惑を断ち切ったわけですね。 永田:2人の子供の面倒以外は全部シャットダウンして、学習に励みました。それこそ、テレビを観るのも音楽を聴くのも無駄だし、食事を作る時間も無駄なので、お弁当を買ってきて済ますとか。寝る時間ももったいないと、エナジードリンクを飲んで、睡眠時間を削っていました。結果的に56人で始まったクラスで卒業できたのは18人。私が卒業できたのは、すべての誘惑を断ち切って諦めずに頑張ったからだと思います。

新人警察官として仕事

——では続いて、卒業されてからのお話を伺いたいと思います。すぐにロサンゼルス空港警察に赴任したとのことですが、新人のときはどのような仕事だったのですか? 永田:ロサンゼルス空港と、近隣のイングルウッドの境界をパトロールをしていました。この界隈は、ロサンゼルス中心街よりも危険なこともある、治安がやや悪いところです。職場に行って、ミーティングをして、すぐにパトカーで回ります。卒業してから半年間は、トレーニングオフィサーと呼ばれる警察官とパートナーを組んでいました。新人は基本的に夜勤で、夕方から翌日のお昼までというかんじですね。当時は1日10時間の週4日勤務でした。
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犯人に首を絞められたことも…
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ライター、写真家、ボードゲームクリエイター。ちょっとユニークな職業人生を送る人々が目下の関心領域。そのほか、歴史、アート、健康、仕事術、トラベルなど興味の対象は幅広く、記事として書く分野は多岐にわたる。Instagram:@happysuzuki

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