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“ヘヴィメタルの帝王”オジー・オズボーンの“最高の死に様”。「コウモリの首食いちぎり事件」だけじゃない、型破りな逸話の数々

「なにか変なクスリはやってないだろうな?」父親から尋ねられる

 なにしろ、デビューアルバムのタイトルが『Black Sabbath』(黒い安息日)である。このアルバムを手にしたオジーの父親は、しばらく凍りついたという。 「サンプル盤を家に持っていったときのことを今でも覚えてるよ。俺は両親や兄弟に『どうだい、俺のレコードだぜ!』って自慢したかっただけなのに、みんなジャケットを見て絶句してた。それから、1曲目の『Black Sabbath』を聴いた親父が一言こう言ったんだ。『親として言うんだけど、なにか変なクスリはやってないだろうな?』ってね(笑)」  このデビューアルバムは全英チャート初登場2位にランクイン。しかも、そこからチャートに2年半居座り続けるという大ヒットを記録したことで、彼らはあらゆるドラッグを容易に入手することが可能になった。2ndアルバム『Paranoid』を発表する頃、オジーはすでにいっぱしのヤク中だった。  3rdアルバム『Master of Reality』のオープニング曲「Sweet Leaf」は、重低音なリフに「さあ、試してみな」という歌詞が乗る露骨なドラッグソングである。4thアルバム『Black Sabbath Vol.4』に収録された「Snowblind」は、ヘッドフォンで聴くとオフ気味に「コカイン」と繰り返されているのがわかる。  バンド内で最もしらふだったトニー・アイオミでさえ『Vol.4』レコーディング時はビル・ワードの足にライターオイルをかけて火をつけたり、レコード会社のパーティの食事に自分の大便を混入させるなど、あまりにもな前後不覚状態に。つまり、4人全員が始末に負えない感じだった。

サバスを解雇されたオジーはランディ・ローズと出会う

 1976年、サバスは7thアルバム『Technical Ecstasy』をリリース。しかし、ツアーの重圧、離婚、父親の死などで精神異常をきたしたオジーは1978年に入院した。 「もうこれ以上サバスにいたら発狂すると思って、自分から精神病院に入ったんだ。そしたら『あなたはオ●ニーをしますか?』とかくだらない質問をされて、バカヤロー! って思ったね」  一方のサバスは後任シンガーであるデイヴ・ウォーカー(元フリートウッド・マック)を加入させたがうまくいかず、オジーを呼び戻すことに。しかし、8thアルバム『Never Say Die!』を録音し、アルバムに伴うツアーを行った後、再びオジーは解雇された。 「その決断を下したのはトニー・アイオミだったんだけど、あいつは俺に直接言わず、メンバーのなかで一番俺と仲が良かったビル・ワードに言わせたんだ。  ソロになってから最初のアルバム『Blizzard of Ozz』に入ってる『Goodbye to Romance』はサバスをクビになったときのことをイメージした曲なんだ」 「たった一人でアパートの部屋で酒を飲んで、落ち込むだけの毎日だった。本当に空虚な気持ちだったよ。『昨日は過ぎ去ってしまったけど、明日は太陽が差すだろうか? それとも雨が降るだろうか?』というのは、今後のキャリアに対する不安を歌っている。ただ、あの曲はランディ・ローズと出会ったことで希望に満ちた終わり方になっているのが(『Paranoid』との)大きな違いだよ。『きっと晴れるだろう』ってね」
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“コウモリの首食いちぎり事件”の真相
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1978年、東京都生まれ。2008年よりフリーライターとして活動中。得意分野は、芸能、音楽、(昔の)プロレス、ドラマ評。『証言UWF 最後の真実』『証言UWF 完全崩壊の真実』『証言「橋本真也34歳 小川直也に負けたら即引退!」の真実』『証言1・4 橋本vs.小川 20年目の真実 』『証言 長州力 「革命戦士」の虚と実』(すべて宝島社)で執筆。

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