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“ヘヴィメタルの帝王”オジー・オズボーンの“最高の死に様”。「コウモリの首食いちぎり事件」だけじゃない、型破りな逸話の数々

“コウモリの首食いちぎり事件”の真相

 ソロアーティストに転向し、名盤『Blizzard of Ozz』で世に打って出たオジー。この頃から彼の行動はよりエスカレートしていった。  まずは、『Blizzard~』プロモーション・パーティの席上での“鳩の首食いちぎり事件”である。 「俺は例によって酔っ払ってたし、しかもああするしかない状況下だったんだ。最初、(妻の)シャロンが『パーティで鳩をパッと飛び立たせたらいいんじゃないかしら』って言うんで、なんかダサいアイディアだなぁと思いながらもそうすることにしたんだ。でも、いざそのパーティで鳩を飛び立たせようとしたら、3羽のうち2羽しか飛ばなくて、1羽はグッタリしてるんだ。ジャケットのポケットに長い間入れてたからだと思うんだけど、それで周りのみんながクスクス笑い始めた。それで仕方ないな、と思って、その鳩の頭をガリッとかじったんだ。  それからはもう大変だった。動物保護団体からは毎日苦情の電話がかかってくるし」  ステージ上での“コウモリの首食いちぎり事件”は、オジーの代名詞的エピソードである。 「よく観客がプラスチック製のヘビとかトカゲをステージ上に投げ込んでたんだ。そのなかにコウモリがあったものだから、オモチャだと思ってその頭に食いついたら、俺の口のなかでバタバタもがき出したんだ! そのコンサートの後は狂犬病の注射を何本もケツに打たれたよ」  ダメ押しは、1982年1月の“アラモ砦事件”。 「ああ、あれも酒が入ってたせいさ。アメリカツアー中でどこかの新聞社がアラモ砦(南北戦争の戦死者を奉った聖なる場所)でフォトセッションをやりたいって言い出したんだ。それで手順が揃う前に一杯やってね、それで尿意を催したんでそばにある壁に小便をしたんだ。そしたら、その壁がアメリカの誇りであるアラモ砦の一部だったんだ。それでしばらく、テキサス州からは追放だってさ!  まあ、そういう事件を何度か起こしているけど、いずれも酒の上の出来事なんだ。別に責任回避する気はないけど、しらふだったら鳩もコウモリも殺さなかったし、アラモ砦に小便だってひっかけなかった」  1984年には、『Blizzard~』の収録曲「Suicide Solution」を聴きながら拳銃自殺を遂げた少年の両親からオジーは告訴されている。 「別に、『Suicide Solution』は自殺を奨励しているわけでもなんでもない曲なんだ。俺の歌をどう解釈しようがそいつの勝手だけど、自分で勝手に解釈しておいて、それを俺のせいにするのはやめてほしいな。だいたい、その少年は1日じゅうずっと『Suicide Solution』を聴いてたっていうじゃないか。その時点でなにかおかしいって普通は思うだろう? あの親は子どもとの対話を怠って、すべてを俺のせいにすることで自分を納得させてるのさ。なにも言うことはないよ」

「ポール・マッカートニーと俺の妹が結婚してくれたらなあ」

 このような言動、活動で“ヘヴィメタルの帝王”になったオジーだが、茶目っ気があって憎めない人だということは、今では多くの人が知るところだろう。 “ヘヴィメタルの帝王”になってからもビートルズの曲は毎日欠かさず聴いていたし、幼少期は「ポール・マッカートニーと俺の妹が結婚してくれたらなあ」と妄想していたほどだった。2001年にポールと共演し、しどろもどろになったオジーの姿はショックなほど可愛い。  そういえば、一時期のオジーはかなりジョン・レノンに寄せたルックスになっており、2001年にリリースした曲「Dreamer」は本人いわく「ジョン・レノンのImagineのオジーバージョン」だったそうだ。  たしかに、オジーの音楽を聴いているとビートルズ「Tomorrow Never Knows」を元にした歌メロなのでは? という曲がたくさんある。
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愛娘・ケリーの結婚を見届けて人生の幕を閉じる
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1978年、東京都生まれ。2008年よりフリーライターとして活動中。得意分野は、芸能、音楽、(昔の)プロレス、ドラマ評。『証言UWF 最後の真実』『証言UWF 完全崩壊の真実』『証言「橋本真也34歳 小川直也に負けたら即引退!」の真実』『証言1・4 橋本vs.小川 20年目の真実 』『証言 長州力 「革命戦士」の虚と実』(すべて宝島社)で執筆。

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