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10歳のとき、母の彼氏から「性被害を受けた」25歳女性の今。「自分が穢れているなんて思わなくていい」と主張できるようになるまで

「記事を読むまで」母は何も知らなかった

――その後、行為はエスカレートしていったのでしょうか。 橋本なずな:いわゆる性交はないものの、性器を触られたり、逆に触らせられたりという行為はありました。期間にすると1年にも満たないくらいだったと思いますが、おじさんがそういうモードになると、恐怖で身体が硬直して、抵抗はできませんでした。その後、おじさんは家に来ることはなくなり、しばらくして、おじさんが病気で亡くなったことを知りました。 ――お母様が橋本さんの性被害を知るのは、いつでしょうか。 橋本なずな:私がメディアに対して自分の性被害を公にしたのが2021年ですが、それまで母にも打ち明けたことはありません。したがって、母は記事を読んで、初めて知ったんです。

感情が爆発して、母に詰め寄ると……

――お母様の反応はどのようなものでしたか。 橋本なずな:記事のなかには、起業に至るまでのことや精神疾患のことが書かれているので、そうした部分について「頑張ったね」と褒めてくれました。他方で、性被害についての言及はまったくありませんでした。私もそこについて追及することはなく、しばらく時間が過ぎました。  ある日、当時の母のパートナーと私が家に2人きりになるシチュエーションがありました。念の為に申し添えると、この男性には私も非常にお世話になっていて、性的なアプローチをされたことはありません。とはいえ、過去の性被害を知っているはずの母が、自分のパートナーと私を密室で2人きりにすることに憤りを覚えました。感情が爆発して母に詰め寄ると、泣きながら「配慮が足りなかった」と謝ってきました。 ――事件後、橋本さんは性的なこととどう向き合ってきましたか。 橋本なずな:私はすぐにフラッシュバックが出るタイプではなくて、高校生になれば彼氏と性行為を行うこともありました。自分のなかで「性行為と性暴力は別」と仕切りを設けていたのだと思います。ただ、事件に向き合って、暴力であれ紛れもなく性体験であったことを直視した20歳くらいから、徐々にフラッシュバックが起きるようになってしまいました。  また、何かうまくいかないことがあると、性的な行為をして自分を安心させようとする傾向があることは自覚しています。というのは、「もともと私は穢されているんだから」「性的な価値しか私にはないから」と思うことで、“ホーム感”を得ようとするんです。もはやそういうときの性行為は自傷なんですよね。しかし、心理学などを学ぶことによって、ある程度俯瞰してみられるようにはなったと感じています。
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おじさんも「苦しんで、もがいていたのかも」
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ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
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