ニュース

「子どもたちの人権は後回しだった」元教師が選択した“フリーランス教員”という働き方。「報酬」も学校と交渉して決められる

主夫業と並行してフリーランス教員に

 そのころから新型コロナウイルス騒ぎ(コロナ禍)で、在宅勤務が増えていく。木野さんだけでなく奧さんも、そして休校になって2人のお子さんも家にいる状態が続くことになる。 「在宅で仕事をしていると私も妻も時間感覚がなくなって際限なく仕事をしていたので、洗濯や掃除などの家事が疎かになっていきました。『これはマズい』というので、会社との折り合いがうまくいっていなかったこともあって、私が会社を辞めることにしました。そして、『僕が主夫業をやる』と妻に宣言しました。妻は仕事をがんばりたい人なので、賛成してくれました」  学生時代に飲食店の厨房でアルバイトをしていたこともあって、料理は得意なほうなので苦ではなかった。ただし奧さんの希望で、朝食と弁当は奧さん担当になっているという。お子さんの休校が明けると、学校の保護者参観には、ほぼ木野さんが参加するようになった。家事を優先するために夜の仕事やイベント出席も、できるだけ避けている。主夫業をやりながらフリーランス教員をやっている、というスタイルだ。

フリーランスだからこそ仕事の幅も広がる

 学校の非常勤の仕事も、複数校でかけもちしている。もちろん、条件は話し合って合意できれば決める。 「応募するときに、履歴書の本人希望欄にちゃんと報酬額の希望を書きます。それで『この金額はだせません』と言ってきたら、それで話は終わりです。先方も交渉の余地があるということなら、会って話します」と、木野さん。  働き方も、何コマかの授業を担当する従来どおりの非常勤スタイルだけでなく、ある探究活動を年間単位で請け負うといったスタイルを提案することもある。学校の仕事だけではない。教育系企業のイベントを引き受けたり、動画作りなどにも参加したりしている。執筆を依頼されることもある。フリーランスだからこそ仕事の幅も広げることができているわけだ。
次のページ
正規教員の何倍も稼いでいるわけではないが…
1
2
3
4
1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。ジャーナリストの故・立花隆氏、田原総一朗氏のスタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーランスに。流通、金融、自動車などの企業取材がメインだったが、最近は教育関連の記事を書くことが多い。日本経済が立ち直るためにも、教育改革が不可欠と考えている。著書に『教師をやめる』(学事出版)、『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)などがある。
記事一覧へ
SPA!編集部が「人生後半を賢く楽しく生きる」をテーマに厳選した記事をメルマガ会員限定で毎週金曜日にメールでお届けします。仕事・お金・性・人間関係…人生を豊かにする秘訣が見つかります。無料・10秒で完了です。
無料でメルマガ登録する⇒⇒
※登録後、メール認証が必要です。受信した認証メールをクリックして、登録を完了させてください。
※認証メールが届かない場合、迷惑メールに入っているか、メールアドレスが間違っている可能性があります。再度ご登録ください。
【関連キーワードから記事を探す】